臨時作家 -4ページ目

第66話

 建は深く肯いた。そうなのだ。やがてこの屋敷は忍壁流に返さなければならない。そのための約束なのだろう。だが、事件が終わっていないというのは、どう言うことだ。周一郎の示唆する事由がよく飲みこめない。
「事件が終わってないと、どうなるんですか」
「河勝先生のお父さんの失踪、理由はなんでしょうね」
「あ」
 周一郎の言わんとしている事がわかった。つまり、五年前の惨劇の真犯人は別にいると言っているのだ。しかも、今回の智司の失踪は五年前の惨劇と関係がある。それはあまりにも突飛であり、しごく陰惨な推測だった。
 僕もそうだった……。
 真犯人の件は別として、あの事件には別の側面があるのではないか、そう考えた時期がある。仁志の存在だ。仁志のあの変貌振りが事件を難解に見せた時期が確かにあった。
「あの夜、僕は熱をだしたんです。父と母は宗家の病院に行っていなかったので、僕を看病してくれたのは仁志のお母さんでした。だから、仁志もこの家に」
 周一郎が腑に落ちないといったようすで「ちょっと待ってください」と、手で制してきた。
「はい」
「お父さんも、お母さんも屋敷にいなかった?」
 建はまつげを伏せると「僕、あの事件の記憶だけがないんです」と、つぶやいた。
 周一郎が双眸をわずかにひらき身を乗りだした。
「記憶がない」
「はい」
「それでは、若先生は事件を目撃していたかも知れないという事ですか」
「僕も最初はそうおもいました。そのショックで記憶が無くなってしまったんじゃないかって。でも、宗家は熱のせいだっていうし、その後もなにも思いだせなくて」
「熱のせい? それほどの高熱だったんですか」
「事件の後も熱がつづいて、僕、横浜の病院に緊急入院したんです。そのまま一ヶ月くらい入院していました」
「一ヶ月も。発熱の原因は何だったんです」
「わかりません」
 周一郎は「わからない」と復唱し、空を睨んだ。
 建は立ちあがると本棚のところまでいき、背表紙が茶色に日焼けしたスクラップブックを手に戻ってきた。周一郎のまえに腰をおろしスクラップブックを差しだす。
「これは?」
「事件に関する当時の記事です」




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