聖書の伝道の書に、

「私が話を聞いた男の千人に一人は、確かに知恵がある人物です。

しかし女には、知恵のある者は一人もいませんでした。」(伝道者の書 7:28)

とあります。

 

この御言葉を初めて読んだ時の私は、

子供ながらに 疑問を持つと同時に憤慨したのを覚えています。

「なぜ男性にいるのに、女性には一人もいないんだ。差別じゃないか。

もしかすると一万人に一人いるかもしれないのに」

 

ですが、神に立ち返った後、聖書を読み進むにつれて、

その意味が少なからず解ってきました。

 

 

今回は、私なりの解釈を書きます。
 

まず、男性にいると言われる千人に一人の知恵がある人物とは 

どういう人を指しているかを述べます。

これが分かると、おのずと女性のことについても分かってくるからです。

 

(聖書は、基本的にリビングバイブル:改訂新版(いのちのことば社発行)より引用)

23私は知恵ある者になろうと、できるだけのことをしてみました。

「知恵ある者になりたい」と人前で言ってみましたが、

知恵ある者になることはできませんでした。 

24知恵は遠いかなたにあって、探し出すのはきわめて困難です。 

25私は知恵と道理を見つけようと、あらゆる所を探しました。

また、悪行が愚かで、愚かさがどれほどばかげたことであるか

悟ろうとしました。

 

 

26悪い女は死よりも大きな苦痛を与えます。

神に喜ばれる者は恵みによって彼女から逃れますが、

罪を犯す者は彼女のしかけた罠にかかってしまいます。

 

 

27-28そこで、「私の結論はこうだ」と伝道者は言います。

私はあらゆる方面から調べてみて、次のことを確信するようになりました。

私が話を聞いた男の千人に一人は、確かに知恵がある人物です。

しかし女には、知恵のある者は一人もいませんでした。 

 

29さらに、次のことも知りました。

神は人を正しい者に造ったのに、

人々は堕落の道に向かって行ったということです。

(伝道者の書 7:23~29)

 

 

 

千人に一人の知恵がある人物とは、

神を信じる人で、なおかつ善悪の判断に優れている人のことのです。

 

神を信じる人で、と最初に書いたのは、

神を信じないまま死んだ人は、選択を間違えた愚か者だ

と聖書は教えているからです。

 

例え、誰からも認められるような素晴らしい経歴や名誉・金に囲まれたとしても、

生きている時に神を信じなかった時点で すべてが水の泡、

死後は 地獄で永遠に苦しみ続けることになってしまうのですから、

そういう肝心なことを最後まで分かろうとしなかった時点で、愚か者であり、

知恵がある賢い人物だとは言えません。

 

つまり、生きている時に神に立ち返っている人でないと、

どんなに頭脳明晰な頭を持っていたとしても、知恵ある人には入らないのです。

 

 

また、伝道者の書 7:28の前後の文章に、悪を行う人は愚かだということ・

神は人を正しい者に造ったのに、

人々は堕落の道に向かって行ったと書いてあることから、 

愚か者とは、不道徳で悪を行う人のこと・私利私欲に走る人であり、

知恵がある人とは、神を恐れて正しく生きようとする人・

正しい判断力を持っている人を指していることも分かります。

 

2知恵ある者は正しい道に足を向け、

愚か者は悪の道に向かう。

3どこを歩くかで、

その人が賢いのか愚かなのかがわかる。

(伝道者の書 10:2~3)

 

 

雪の結晶

 

7知恵ある者も、わいろによって愚かな者になる。

わいろは人の判断力を麻痺させるからだ。

(伝道者の書 7:7)

 

 

雪の結晶

 

17その時、知恵のある何人かの長老が立って、全員に話しかけました。 

18「この決定は正しいと思います。

以前、モレシェテ人ミカが、ユダ王国のヒゼキヤ王の時代に預言しました。

『神は言う。この丘は平地の畑のように耕され、

エルサレムの都は石の山となり、

今大きな神殿の建っている山頂は森になる』

 

19そのミカを、ヒゼキヤ王と民は殺したでしょうか。

いいえ、そうしませんでした。

彼らは悪から離れ、主を礼拝し、主のあわれみをひたすら求めたのです。

それで主は、予告していた恐ろしいさばきを下すことを

思いとどまったのです。

もし私たちが、神のことばを伝えたという理由でエレミヤを殺すなら、

神がどんな仕返しをなさるかわかりません。」

(エレミヤ書 26:17~19)

 

 

 

要約

知恵のある人=神を信じる人で、

何事においても神を第一としており、

(自分の判断に頼らず、

まず神に祈り求めつつ努力&最善を尽くす)
善悪の判断や道理に優れている人を指す

 

 

 

実は、この千人に一人という数字は、

クリスチャン人口の比率に近いかなぁと思ってもいます。

日本では、クリスチャンの人口が 約1%(100人に1人)と言われていますが、

カトリックなどの宗派も含めた数字なので、実際はもっと少ないと思われます。

 

しかも、プロテスタントの信者といっても、繁栄の神学や賜物主義など

キリスト教の皮をかぶった異端やカルトも数多く存在していますから、

本当のクリスチャンは、0.1%と言ってもいいかもしれません。

 

この確率は、何も日本に限ったことではなく、

世界のどの国々にも当てはまると思っています。

クリスチャン率が高いと言われる国でも 異端やカルトがはびこっており、

本物の信者は少数だからです。

 

すると、ちょうど千人に一人の割合に近いかなと思うのです。

ただし、これはあくまでも男性のみに当てはまる数字であって、

女性は、残念ながらもっと低いと私は思っています。

実際、私の知っている範囲で、偽クリ・自称クリを除いて

本物だろうと思われるクリスチャンは ほとんどが男性になります。

(教会に出席している人に 女性が多いからといって、

女性に信仰がある証拠だとは言えません)

 

 

ただ、神を信じる女性は、どんなに人数が少なくとも、

どの時代にも絶対にいるはずです。

それなのに、「しかし女には、知恵のある者は一人もいませんでした」

と書いてあるということは、

女性は 神を信じていても馬鹿だと言っているのでしょうか?

 

先に女性擁護の意見を述べるなら、

馬鹿にする意図で書かれたのであれば 失礼な意見だなぁとは思います。

 

ソロモンは、世界一の知恵と知識に恵まれただけでなく、

世界中の人が謁見しに来たことからも、

膨大な量の話を聞き、分析していたことでしょう。

でも、その頭の良さが かえって高ぶりや、

女性軽視に繋がってしまった可能性もあり得ます。

 

知識がどんなにあっても、神を恐れる気持ちがなければ 人は高ぶるだけですし、

女性を軽く見ていたからこそ、

禁じられた異教の女性と結婚することが どんな恐ろしい結果を招くかを知らず、

年老いて女性達の言いなりになり、偶像礼拝に落ちてしまったとも言えるからです。

 

ですが、ソロモンは、晩年 神無き人生は虚しさしかないことを悟り、

神に立ち返って伝道の書を書いたと思われるので、

無意味に「しかし女には、知恵のある者は一人もいませんでした」

と書くことはないと思われます。

 

 

 

私自身に限って言うなら、神に立ち返ったからといって、

知恵があり賢いわけではないことも事実です。

神に立ち返る前の私は、心が腐っていて馬鹿で愚か過ぎたけど、

かといって今も、神を恐れるようになっただけで

馬鹿で抜けてるなぁと猛反省しております😓

(夫は、常に冷静で 判断力や空間認知能力にも優れ、

物事を的確に見抜く力も断然高いです。

ですが、夫は、自分では救われたクリスチャンと思っていても、

私から見たら まだ救われてはいないと思います。

伝道する気が全く無く、神様を主人として生きる決意には至っていないからです。

もし、夫が このまま救われず人生を終えた場合、愚か者になってしまいます。

そうならないことを願い 祈っています)

 

 

ここからは、あくまでも 私の解釈ですが、

「しかし女には、知恵のある者は一人もいませんでした」の意味は、

女性で神を信じている人の場合、

神を信じていない人と違って愚か者には入らないが、

かといって 知恵があるとは言えない、という意味を指していると思っています。

 

(※追記・私が尊敬している牧師によると、

「サムエル記Ⅰ 25章」に登場するアビガイルが、

聡明(リビングバイブル訳だと賢い)な女性だと書かれていることから、

ソロモンが知っている範囲では 一人もいなかったが、

神を恐れる女性の中には、数は少なくともいると解説していました。

その通りだと思います、アビガイルのことをすっかり忘れていました💦

 

ただ、それでも、知恵のある女性は、

男性で知恵がある人よりも 人数が少ないと思われるので、

これから述べることは 大部分の女性に当てはまるものという認識でお読みください)

 

 

 

その理由として、女性は とある致命的な欠点を持っているからです。

 

実は、女性は、男性よりも欲が強いです。

女性の方が、圧倒的に欲が強く、

その欲のために、善悪の判断や道徳を顧みない人が多いのです。

「今」の利益に弱く、目先のことすら考えていません。

 

しかも、自分は神のように偉いという高ぶりの罪も抱え込みやすいと言えます。

(聖書に、妻は夫に従いなさいとあるのも、

仕えることによって高ぶらないようにするためです)

 

私も女性として、「自分は神よりも偉い」という腐った思い・罪がありました。

いくら実家の環境が極悪だったといえど、

「裁かない神よりも、自分の方が優れている・偉い」なんて

思い上がっていたのですから、誰から見ても 私は究極の愚か者だったのです。

しかも、年月が経つにつれて そう思っていたことさえ

すっかり忘れ去ってしまっていました。。

神に立ち返った後、聖霊による罪の示しとしてハッキリと思い出し、

自分自身、神の前に罪人であったと、急遽 涙ながらに悔い改めました。

 

 

この女性の欲の強さ・神のようになりたいという罪は、

既にエバが犯したもので、ここから人類の罪の歴史が始まりました。

 

14アダムは悪魔にだまされませんでしたが、

エバはだまされ、罪を犯してしまいました。 

(テモテへの手紙Ⅰ 2:14)

 

 

サタンがアダムに話しかけなかったのは、

アダムでは騙せないと分かっていたからです。

そして、エバが騙されたのは、

自分が神のようになれるという欲があったためです。

 

食べてはいけない実を食べてしまったということは、

神よりサタンの方に従ってしまった...という軽いものではありません。

 

神が仰ったことに従わなかった、すなわち神に反逆したということであり、

サタンと同じ罪を犯したということなのです。

 

神は、絶対的な善で、全ての道徳・良いものは神のみから出ているため、

神に逆らう・敵対するのは、善や正しいことを嫌い、

自覚していなくても、心が欲・不道徳・悪を好んでいることに繋がります。

 

 

 

また、女性の方が男性よりも悪質だと分かるものに、夫婦関係があります。

ろくでもない者同士が結ばれ 夫婦になった場合、

夫よりも妻の方が さらに質が悪いのがほとんどです。

 

聖書に登場するアハブ王とイザベル夫婦も、

イザベルの方が さらに上を行く極悪でしたし、

私の両親について言うなら、最低としか言いようがない父よりは 

母の方がさらに上を行く悪だったと言えます。

 

 

職業で見ても、占い師・霊媒・偽預言者・売春お水関係といった

神が忌み嫌う職業に就いているのは、女性の方が多いです。

 

驚いたことに、みな口を揃えて、自分は何も悪いことをしていない、

むしろ、自分は高嶺の花なんだと誇りを持っていました。

中には、家庭を持っている男性と不倫関係にありながら、

多くの家庭を壊しておきながら、自分に非があるとは思っておらず、

毎週 堂々と教会に通っている人もいました。。。

もっと驚きなのは、牧師が献金目当てで容認していたことです。

 

 

子供でも、家庭ある男性と付き合うことは、その妻子から奪うことであり

人を悲しませる悪いことだって分かるものです。

分からないのは、罪を犯した本人か、同じ穴の狢だけです。

 

 

17-18イスラエルの女は神殿娼婦になってはいけません。

イスラエルの男も、神殿男娼になってはいけません。

 

そのようなことで得たものを主にささげてはいけません。

主はそれらのことを憎まれるからです。

(申命記 23:17~18)

 

 

雪の結晶

 

29娘に売春をさせて身を汚させてはならない。

恐ろしい悪が国中にはびこらないように、こう警告しておく。

(レビ記 19:29)

 

 

雪の結晶

 

20わからないことがもう一つあります。

どうして悪い女は、悪いことをしながら厚かましく、

「いったい、どこがいけないの」と言えるのでしょう。

(箴言 知恵の泉 30:20)

 

宝石ブルー

同じ箇所の口語訳

わたしにとって不思議にたえないことが三つある、

いや、四つあって、わたしには悟ることができない。

すなわち空を飛ぶはげたかの道、岩の上を這うへびの道、

海をはしる舟の道、男の女にあう道がそれである。

遊女の道もまたそうだ、

彼女は食べて、その口をぬぐって、

「わたしは何もわるいことはしない」と言う。

(箴言  30:18~20)

 

 

雪の結晶

 

26-28わが子よ。悪い女に近寄ってはいけません。

彼女は狭くて深い墓穴のようにぽっかり口を開けて、

あわれな犠牲者が落ちるのを待っています。

まるで強盗のように待ち伏せて、

男たちに妻を裏切らせるのです。

(箴言 知恵の泉 23:26~28)

 

 

雪の結晶

 

4結婚とその誓約を尊びなさい。

純潔を保ちなさい。

神は不品行な者、姦淫する者をさばかれるからです。

(へブル人への手紙 13:4)

 

宝石ブルー

同じ箇所の口語訳

4 すべての人は、結婚を重んずべきである。

また寝床を汚してはならない。

神は、不品行な者や姦淫をする者をさばかれる。

(へブル人への手紙 13:4)

 

宝石ブルー

同じ箇所の新改訳第三版
4 結婚がすべての人に尊ばれるようにしなさい。

寝床を汚してはいけません。

なぜなら、神は不品行な者と姦淫を行う者とをさばかれるからです。

(へブル人への手紙 13:4)

 

 

雪の結晶

 

18性的な罪とは無縁になりなさいと私が言うのは、そのためです。

この罪を犯すことは、自分の体に対して罪を犯すのです。 

 

19体は、神様があなたがたに与えてくださった聖霊の家であって、

聖霊がそこに住んでおられるのです。

あなたがたの体は、自分のものではありません。 

20神様が多額の代価を払って、あなたがたを買い取ってくださったのです。

ですから、あなたがたの体のどの部分も、神の栄光を現すために用いなさい。

その所有者は神だからです。

(コリント人への手紙Ⅰ 6:18~20)

 

 

 

 

さらに、女性に関わる問題として、

女性が牧師になっていいのか、についても書きます。

過去に様々な教会を巡った経験者として、

教会内で 女性がトップだったり、女性に力や権威があるところでは、

必ずと言っていいほど、争いや分裂・問題を抱えていました。。

 

 

この世では、女性牧師もアリだという意見もありますが、

それはあくまでも人間側の意見や感想であって、

聖書に基づくなら、女性が牧師になることは 神の御心ではありません。

 

もし、あなたが通っている教会の牧師が 女性であるなら、

その方は 神によって立てられた人ではない、ということを心に留めるべきです。

 

 

牧師という職業は、とてつもなく責任が重いもので、

誰にでもなれるものではないと思います。

 

特に、聖書の内容からズレたことを教えることは絶対に許されないですし、

昔の預言者達のように、人々から嫌がられようと

耳が痛い真実・忠告も伝えなければなりません。

しかも、神の裁きは、一般の人々よりも遥かに厳しいのです。

 

そもそも、男性だろうが、神に立てられたと思われる本物の牧師は 少数であり、

聖書に書かれている牧師の条件に見合った人でないと、

後々 問題が起きてしまうのが現実だと思います。

 

 

1愛する皆さん。みなが教師のようになって、

人の欠点をあげつらってはいけません。

自分も欠点だらけではありませんか。

人よりもすぐれた判断力を持つべき私たち教師がもし悪を行うなら、

ほかの人よりはるかにきびしいさばきを受けるのです。 

(ヤコブの手紙 3:1)

 

 

雪の結晶

 

2牧師になる人は、非難されるところがなく、一人の妻の夫で、

勤勉で思慮深く、折り目正しい生活をしている人であるべきです。

また、客をよくもてなし、聖書を教える力がなければなりません。 

 

3酒飲みでも、乱暴者でもなく、やさしく親切で、金銭に執着がなく、 

4子どもたちをしつけ、よく家庭を治める人でなければなりません。 

5自分の小さな家庭すら治めきれない人が、

どうして神の教会を指導できるでしょう。 

 

6また、牧師となる者は、

クリスチャンになってまだ日の浅い人ではいけません。

高慢になる危険性があるからです。

高慢は堕落の前ぶれです。 

 

7また、教会外の人からも、評判の良い人でなければなりません。

非難を受けて、悪魔のわなにはまらないためです。

(テモテへの手紙Ⅰ 3:2~7)

 

 

雪の結晶

 

11女は、静かに、謙遜な心で教えを聞き、また学ぶべきです。 

12女が男にものを教えたり、

権力をふるったりするようなことがあってはなりません。

女は、教会の集会では黙っていなさい。 

13なぜなら、神は最初にアダムを、

そのあとでエバをお造りになったからです。 

 

14アダムは悪魔にだまされませんでしたが、

エバはだまされ、罪を犯してしまいました。 

15そこで神は、女に子を産む時の苦しみをお与えになったのです。

しかし、もし女が慎み深く、信仰と愛ときよさを持って生活するなら、

そのたましいは救われます。

(テモテへの手紙Ⅰ 2:11~15)

 

 

雪の結晶

 

34女性は教会の集会では黙っていなさい。

口をはさんではいけません。

なぜなら、聖書にもはっきり記されているように、

女は男に服従すべきだからです。 

 

35もし何か質問があれば、家で夫に尋ねなさい。

教会の集会で意見を述べることは、女性としてふさわしくないからです。 

36この考えに異存がありますか。

神の御心を知るのは自分たちコリントの信者だけの特権だ、

とでも思っているのですか。それは間違っています。 

37預言の賜物や、そのほか聖霊が与えてくださる

賜物に恵まれていると自認する人はまず、

私の主張が主からの命令であると認めなければなりません。

38もしそれを認めないなら、その人も認められないでしょう。

(コリント人への手紙Ⅰ 14:34~38)

 

 

 

一方で、誰に対しても 宣教命令は出ていますから、

女性は伝道しなくてもいいというわけではないと思います。

牧師にこだわらなくても、教会外で伝道したりと手段はいろいろあります。

 

ここで注意したいのは、あくまでも 牧師についての話を述べたのであって、

女性が、仕事場などで要職についてはいけないという話ではありません。

 

 

 

今回、いろいろと厳しいことを書きましたが、

女性は、月のものによって体調や精神が不安定になりやすかったりしますし、

考え方においても、どうしても弱いところがあると思います。

でも、弱いから仕方ないではなく、

弱いからこそ、より熱心に神を呼び求める必要があると思います。

 

 

7同じように夫も、妻を心にかけなさい。

女性が男性よりも弱い者であることを意識して、いたわりなさい。

神の祝福は、妻と共に受け継ぐべきものだと心得なさい。

もし妻に対する態度が誤っていれば、

あなたがたの祈りはむなしいものとなります。

(ペテロの手紙Ⅰ 3:7)

 

 

雪の結晶

 

10人はどうすれば知恵をみがけるでしょうか。

それは、主を信じて従うことです。

神のおきてを守ってこそ、賢くなれるのです。

神を永遠にほめたたえましょう。

(詩篇 111:10)

 

 

雪の結晶

 

26自分に頼るのは愚かですが、

神の知恵に頼れば安全です。

(箴言 知恵の泉 28:26)

 

 

 

 

締め括りに、現代訳を載せます。

意味が違って、さらに厳しい内容になっており、

これは これでアリだと思います。

 

 

023:私は知恵を得ようと努力し、
「知恵のある者になろう」と決心したが、 それは無理なことだった。 

024:知恵ははるか彼方にある。 だれがそれを見いだすことができよう。 025:私は知恵と物事の道理を探究し、捜し求めたが、
そこには人間の悪行と狂気の愚かさがあるばかりだった。


026:私は、男を陥れる女が死よりも苦々しいものであることを知った。
そのような女は罠であり、しばしば男を捕えた。
神の御心に従う人は、このような女から逃れるが、
罪人はこのような女に捕らえられてしまう。


027:伝道者は、「私が見いだしたものはこれだ」と言う。
028:多くの男性の中に、心のまっすぐな人は
せいぜい一人ぐらいしかいなかったが、
女性の中にはほとんどいなかった。


029:私が見いだしたのはこのことである。
神は人を心のまっすぐな者として造られたが、
人は間違った考え方を持つようになったのだ。

(伝道者の書 7:23~29 現代訳)