『聖女の救済』 | プライベート日記

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阪神タイガースのことを中心に、
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『聖女の救済』を読んだ。

やはり、個人的には、短編よりも長編の方が好きだと思った。

今回は、草薙刑事が中心であって、

内海刑事との対立(?)が興味深かった。

あとは、草薙刑事の特別な感情・・・

そして、タイトルの意味、

これが気になっていたが、

最後の最後、そのような意味だったのか・・・と思うと、

やるせない気持ち。

日本語的な意味は理解したが、

心情的な部分は、理解できなかった。

それを“救済”と言うのであろうか、と。

確かに、救済というのかもしれないが・・・

あと、個人的な勘違いだったが、

実は、今日の今日まで『聖者の救済』だと思っていた。

恥ずかしい・・・



以下、内容的な部分、核心部分も触れてしまうかもしれないので、

ご注意下さい。


この作品の、良さ、というか、特徴は、

何と言っても“逆転の発想”であろう。

犯人に関しては、冒頭から推測できるし、

その点は、大きな問題ではないだろう。

あと、“花に水をあげる”ことが何度も出てきたが、

さすがに、何らかの関係があるのであろうとは思った。

しかし、完璧なアリバイに、それを崩す方法。

この辺りは、ミステリー小説としては、基本なのであろう。

もっとも、そこが崩れない、というか、

崩れないことがポイントだったと思う。

まあ、毒物を使う犯罪のメリットの一つに、

アリバイ工作にあるのであろう。

で、私が思った展開が、

まさしく、偶然を利用したのでは?と思った。

というのも、ますは、いつでも良かったのでは?と。

あとは、客体がどちらでも良かったのでは?と。

つまり、毒物である以上、死んだ時のアリバイよりも、

仕掛けた時のアリバイが大切なのであったと思った。

実際、この部分は、少しかすっていたけれども、

さすがに、一年前とは思いつかなかった。

そして、私が毎度ながらの大外しだったが、

私の中では、客体、

つまり、殺されるのは、真柴孝義でも若山宏美でも良かったのではないか?と。

とすれば、時間的な幅が出来るのでは?と。

とはいうものの、やはり、一年前、というのは、

想像しなかった。

とにかく、まさしく本文にもあったように、

普通は、いかに人を殺すことに頭を使い、労力を使う。

そして、トリックをつかい、それをいかに崩すか?という流れになる。

ところが、今回は正反対。

いかに人を殺さずに過ごすか?

その点に、全精力を注ぐか?にポイントがあった。

殺す時点では、何の努力も必要がない、というのが

発想の転換なのであろう。

こうして書いてしまえば、簡単なことなのであるし、

「なんだ~」と思ってしまうかもしれない。

しかし、実際に、小説にして、

きちっと構成することはが大切だと思うし、出来ないと思った。

あと、“ブログ”のやらせの部分。

これが、実は、真柴夫妻にの出会いのやらせに繋がるとは思わなかった。

そもそも、やらせだと思わなかったし。

そして、何よりも冒頭部分について。

これが事件に関係あることは、明白なののだが、

この後の流れで「2階から降りてきた真柴夫妻をみて」という下りをみて、

両者は時間的に接着しているものだと思いこんでしまった。

でも、実は、その間には、時間的な隔たりがあったわけで・・・

もし、この作品が映像化されたら、

この部分をどうするのであろうか?

これがある意味、ポイントにでもなってわけで。

いずれにせよ、いずれ、映像化されるのであろうから、

その時まで、楽しみにしていようと思う。

おまけ。

作品中、内海薫刑事が福山雅治の曲を聞いているのだが、

これはこれで面白かった。