〜光の家〜
毎日私は、お客様の注文を受けて配達に忙しくしています。そして、道中の車の中は..いつも見えない者達との会話で賑やかで楽しいのです。別に..頭がおかしくなった訳でもなく、これが私の当たり前の日課であり、くつろげる時間なのです。お客様の家に着いて..お届けの品もお渡しし、停めてあった自分の車に向かう時、ふっと目についた、お向かいのグレーの屋根の白くて大きなお家に私は、幻を見た様に衝撃が走りました。でも、ここへは良く来るのです。見慣れたはずのこの景色の中に立っている一軒の家に..何故か今日は目が釘付けになってしまったのです。その家を見た時に受けた衝撃..。圧倒的なたたずまい..。 家の周りには囲いも何も無い家なのです。広い芝生に子供の遊具の大きな滑り台やジャングルジムなどが、堂々と位置していたのです。もし、そこで誰かが遊んでいたら、周りは絶対に丸見えなのです。それだけじゃなく、庭には大きなシルバーのバーベキュー用のグリルセットの器具や、大きなテーブルに日よけの傘が準備されているのです。その時私は、今までに自分が願っていた理想としての家のイメージを別な視点から、再び客観的に魅せられたのです。まず、明らかに私の抱いていた家のイメージと今、私が目の前に見えているこの家との決定的な違いに付いて、心の中では大きく衝撃を受け、静かな理解へと進んで行ったのです。私の求める家には絶対条件があります。それは、「囲いのある家」である事と、「隣近所との敷地の距離に余裕のある事」でした。これの意味する所は、「誰かの目線」と「話しかけ防止」の為だったのです。これらが絶対にあった上で、内装云々なのです。どうしてこれらが、絶対条件になったかと言うと..幼い頃からの体験が元になっていました。遊んでいる途中で、誰かから阻止されたり、毎日決まった時間にふらっとやって来て、話しかけられる煩わしさがあったからなのです。私は、自分の中の心の世界が静かなので、大勢の方達とわいわいする時間も楽しいけれど、一人の心の中を瞑想したり、自分を内観していく事が何よりも人生において、重要課題なのです。それ故にこの条件が大切な事になりました。そして外国に移住しても、この条件は変わっていなかったのです。でも、その白い家を目にした時に、それは「恐れ」に対応していく手段であった事が、その時に自分の中でハッキリと悟ったのです。そして、その家は..余りにもopenで、通りすがりの者がじっと見るものなら、逆にその方が関心を持って見ている心の姿勢が浮き彫りになって逆に目立ってしまう程、その家は堂々とした風格で私が見た時に、光り輝いている様に感じたのです。「これだっ!」と思いました。自分にゆっくりと..話して行きました。「神様の娘ならば、あらゆる状況になっても、それを堂々と味わえば良い」と..。そして、自分に足りなかった心の姿勢を1つまた、復帰した様に感じたのです。わかりませんよ。将来、買う家に、たまたま囲いもあるかも知れませんが、私はその日、神様の心が「堂々と生きるんだよ」と私に言っている... そんな気がしたのです..。こうして、世間に対する見方が、以前より増して愛に近づいたのです。