第一章【私の覚醒期間】〜不思議の入り口〜
小さな頃から、「見えないもの」や そう言った「人の思い..」それに、現実でない変な感覚が、常に自分の中にあって、それは当然,他の子達の中にもあるものだと思っていました..。でも、一緒に生活を共にしたり、学校で接している限りでは..必ずしも,そう言った奇妙な感覚を持っている人ばかりではないと、日常生活を送る中で理解する事が出来た..。そう言う感覚は、「魂の目覚め」が多いに関係して居る場合もあるし、その人の人生の役割(魂に置ける聖なる使命)なども、どうやら、深く関わっている様だ。この感覚は、「ある」から良い、優れている、人より云々、「ない」から、劣る、といった、概念とは、一切無関係だ。ただ、「そうだ」と言うだけの事。人それぞれ、皆違うのだから、感性の違う事は,私個人にとって見ても、大変喜ばしい事なのだ。特に,私の様に「一般的」「標準」から,大きく反れている感性を持っている自分にとっては、そういう個性の可能性を認めて頂きたい派なので、広い見解を持ってこのブログをみて頂けたら非常に有難い..。自分の感覚の中に、「声」が聞こえて来て、勝手に話しだし、私と「その声」の会話が成立してしまうと言う様な事も多く、「一瞬、そこに誰かが居た..」とか、ゆっくり消えて行く「陰」を見たとか、人物のシルエットが自分の体に重なって来たとか、困った時に「声」が誘導してくれて,困難を回避できたとか、言葉を話そうとしたら、声が出なくなって結局その場で言えなかったが,後でその言葉を、言わずに大正解だった事実だとか、話せば色々不思議な事があった私の人生だが..そう言う事を通じて、いつしか、『一体,自分に..何が起こっているのか..「解明」したい..』と思う様になって、そのたぐいの本や、情報を調べる様になった。私が読む場合、ただ読むのではなく「それが真実に近い情報なのか..どうか..」 「その情報が,自分のしてきた体験や、感覚に当てはまるか..など、トータリーで物事を,分析して読む事が,得意だ。私は,常に情報のバランスを計っている。「イエス」だけでなく、「ノー」の視点も同じ様に重要視する。単なる「思い込み」にならない為だ。自分の中に不必要な「概念」を作りたくないからだ。不必要な情報から来る「概念」が多いと,それだけ自分の中で「判断」していく時に、妨げになるからだ...霊的アンテナが鈍るのだ。バシャールの関野あやこさんからは、初期の段階で自分の『不必要な概念』を外す時によくお世話になった。個人的にと言う事ではなく、もちろんインターネットで独学した。イメージトレーニングも、とても役に立った。ビジネスの成功者「斉藤 ひとり」さんからは、単刀直入な言いまわしの中に、共存共栄的な仏様の愛の波動を感じた事がきっかけで、講話を聞いた。神仏の「考え」と人間を見つめる神仏の「目線」が、非常に興味深かった。神様の「気持ち」がハッキリと解かれてい所も,面白かった。シルバーバーチは、霊界の事細かな様子や、曖昧な妄想や,固定概念を打ち砕き、現実的なシビアな「霊界」の様子を語っている。一般的な,解釈より少し強めではあるが、そんな内容もわたしの中で1つの情報として,調和させる事の参考になった。「僕の兄貴は神様とお話が出来ます」という通称「僕兄」というサイトでは、神様の決して,人間を「否定」しない「大きな愛」と、心の置き方を常に中立の立場に置く素晴らしさを学んだ。そして,何よりも、私が目を見張ったのは,そのカウンセリング力だった。といっても、神様なんだから当たり前のスキルなのだろうが、とても参考になったし、私が「こうでありたい..」と常々思っていた理想が、そこにはあり、とても良い出会いをさせて頂いたと思う。本でも,沢山ある中で「神との対話」には目を通した。難しかった。世界中に起こっている問題への解釈や、神様の見解はとても理解するには難しく、ギブアップをしたが、いつ目を通しても良い様に、今も近くにたずさえて,参考にしたりする。それから、こういったスピリッチュアル「ブログ」やワークショップなどを,立ち上げている立場の人向けに厳しい指摘のサイトにも目を通した。『闇落ち』と言う言葉が,衝撃的だった。そこから,引用して少し長いが抜粋して紹介しよう。『人が他の人の人生に干渉すればする程、その人の人生も他の人達に干渉される事になるのです。これが,カルマ(因縁)の法則の働きです。相手に対して、「この様にすべきだ」と思ったら、「ある基準や物の見方を持つべきだ」と思い込んだりする事が、干渉につながります。理想的なのは、その人達の個性を受け入れ、それぞれの人が、そのレベルに応じて、自分に必要なレッスンを環境を通じて、それぞれ受けている魂の存在である事を認識する事です。自分の考えや見解を押し付ける事、相手の許可を得ずに手助けをしたり、アドバイスを与えたりする事、更に相手のしている事が間違っていると思う事すらも干渉に含まれます。単に,自分一人で判断を下すのではなく、相手が何故その様に行動し考えあるいは感じているのかを理解する事の方が、遥かに有益な事なのです。それはまた、各個人が自分自身を更によく理解する為の手助けともなります。親子関係に当てはめて見ると、そもそも親はこうあるべき、子はこうあるべきとか、決めつけ過干渉していた事が、苦しみの根源だったと気づけて随分楽になれます。』こう言った,人の為と思ってしていた干渉が、知らず知らずのうちにカルマへと変貌して行くと言う事が、このかたのサイトに書かれていました。そして、それを『闇落ち』と表現していらっしゃいました。あくまで、これは1つの「見解」に過ぎません。私は、このように「光的感覚」「闇的感覚」両サイドからの意見も知る事で自分の中のバランスを常にとる事を心がけているという私事のお話の1部です。こうして,「神様」や「高次元の方々」、「天使様達」は私の心霊レベルを支え,時に教育されながら、インスピレーションを通じて、霊的成長段階にあわせた色々なサイトや本などの出会いを通じて私を教育し引き上げて下さいました。時に,厳しく諭されながら与えていく側の「聖なる使命」を果たす事への、心の姿勢、動機なども教えて下さいました。そして、常に私に語りかける内なる声は..『瞑想』へと誘って行きました。瞑想も,始めはやり方がわからないのでサイトを見ながら参考にした。その「瞑想」が,私を更なる不思議な旅へと誘っていきました。