皆さん、今日は。福岡市東区にあります多々良川に架かる名島橋が2018年3.10に国の有形文化財に登録されました。

現在の橋の様子です。

橋は、全長204.1m、幅24mの7連の鉄筋コンクリート橋で昭和8年3月完成となっております。橋下部の様子は、アーチ状をしていて7連ということがよくわかります。

名島について少し歴史的な背景をご紹介いたします。名島と言う名前は、名島神社の縁起を引用いたしますと、「神功皇后が三韓御遠征の時香椎の西なる黒津(黒崎)の岬より乗船し給う。この時、軍勢各々その郷名姓名などを名乗りて船に集まる。その処を名付けて名嶋と言い」とありますから縁起はお分かりいただけるものともいます。
名島は、名島神社のある背部に黒田官兵衛と黒田長政が福岡城築城の前に一時居住した名島城址(ここをクリック下さい)がありますし、神功皇后の出船にちなんだ名島の帆柱石(ここをクリックください)やリンドバークの来福記念碑や、岩見重太郎に関する記念碑などいろいろと興味ある場所があり一度おとずれてみられるのもよいかと思われます。
さて、この名島の橋は、現在の福岡国際マラソンがまだ朝日国際マラソンと呼ばれて、海の中道を折り返して行われていた時代に橋を過ぎるとちょうど35km地点に当たり、マラソンの雌雄を決する大事なポイントなのでかの広島庫夫やカルボーネン、内川義孝などの有名ランナーなどが覇を競った場所になります(ずいぶん昔の話です)。
名島橋の袂には、いろいろと名島の歴史的な説明碑がありますが、それに加えて、土木遺産登録の碑もあります。

いくつか紹介いたしますとこのように記されています。

多々良川は歴史的に見ても、重大なエポックメーキングな出来事を見守ってきています。かの足利尊氏が、肥後の豪族、菊池氏と戦った場所(ここをクリック下さい)もこの多々良川の河口にあたあります。過去のブログリスト(ここをクリック下さい)