皆さん、こんにちは。今日は住吉神社の歩射祭のご紹介です。住吉神社の歩射祭は、多くの人たちには、よく知られてはいない様で、今日、11月7日に行われました歩射祭は、天候には恵まれてはいましたが、参列者は約30人程度でした。福岡の歩射祭は、どちらかというと志賀島にあります志賀海神社の歩射祭(ここをクリック下さい)の方がよく知られているのかも?参列者の数も多いようです。住吉神社と志賀海神社の歩射祭の起源は全く違います。後者の場合、志賀島にいた安曇族が地元民に大きな危害をくわえていた土蜘蛛を退治したことに由来いたしますが、住吉神社の方は、少し歴史的なな背景をご紹介いたします。平安時代、元慶2年(875年)に新羅の海賊船が日本を襲撃する気配があったので時の陽成天皇が、勅使として平季長を住吉神社に遣わし、襲来防止の祈願をさせたところ、襲撃が止まったので、そのお礼として、太宰府政庁の役人が、境内で歩射を行ったことが起源とされています。約1200年程前の話です。、ほぼこのようなお話しを、歩射祭をとりしきっておられた神官の方が、参列者からの 質問にお答えになっておられました。祭は、午前10時に始まりますが、社務所の前に神官と氏子達が集まりついで歩射を行う射手のかたを先頭にして、拝殿に入り、祝詞を奏上して祭りが始まります
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拝殿での祝詞奏上の様子。
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このあと境内に儲けられた射場(畳6枚とやや大きめの畳からなる)に射手が座り、片肌脱ぎになって二本の矢を的(約6間離れた先の俵)に向かって矢を射ます。射場の様子。
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射手の装束の様子。二本の矢を小脇に挟んでいます。


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射手と相対する形で宮司をはじめ3人の神官が矢を射る様子を見守っています。
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射手の様子ですが、矢をつがえる右手に鹿皮の手袋をつけ、手袋の上から紫色の紐で縛って用意を整え,片肌脱ぎで射放します。
ます。

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矢を放った瞬間、ヤーッと声をあげます。刺さった矢の様子

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二回矢を放ち、刺さった屋の状態を射手が確認しています確認にはそれなりの仕草があって,刺さった部分から矢羽の方へと指を滑らしていきます。
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これで歩射祭が終わり、神官と射手は、拝殿へと戻り、完了したことが報告されます。

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 矢は、本来南西の方角へ向けて射られるのですが、射場は、その方角にあたるものと思われます。志賀海神社の歩射祭は、射手が地元の氏子の子供さんたちなので、親御さん達の熱心な応援もあり、ダイナミックな感じがあり、見るものにも力強い感動を与えますが、住吉神社では、どちらかというと静的なお祭りであり、見る人のとらえ方も違うでしょう。一度志賀海神社の方もご覧になってみてはいかがでしょうか過去のブログリスト(ここをクリック下さい