みなさん、こんにちは。引き続き、西新界隈のご紹介です。紅葉八幡から少し南下すると、いわゆる祖原山に至ります。現在は祖原公園として整備されていますが、ここは、元寇が襲来した時に、元軍が拠点を設けたところで、激戦となったところです。祖原山と言ってもなだらかな丘陵地帯で、見晴らしの良い場所で、元寇襲来激戦地碑があります。
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ここからの見晴らしはよく、元軍が、拠点を設営したのはうなづけます。
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当時は、現在のように、ビル群もなく、遠く東の立花山などもくっきり確認できたことでしょう。いまでも福岡タワーや、ヒルトンホテルなどを遠望できます。紅葉八幡宮から、ここまで歩いて、約15分くらいの距離に当たります。
行き方はいろいろですから、八幡さんにお参りしてから足を延ばすのがよいのかも?さて歩きついでに、元気を出してもう少し頑張れば、荒江四角
よりも荒江逢坂の方がよいのですが、逢坂から少しだらだら坂を上っていくと末永文化センターがあります。ここは、九州交響楽団の拠点かつ練習場となっていますが、センターに隣接してミュゼオダという美術館があり、美術館の裏手に、忘帰台と呼ばれる場所があります。
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読みづらいですね。忘帰台とかかれています。この場所は、現在個人のお宅の一部になっていますが、美術館側からアプローチできます。木立や草の茂った部分を登っていくと石碑があります。

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石碑の場所は、このような足場の悪い中を歩いていくことになります。個人のお宅のお庭の方から見るとこの様にな、手前に、池が設けられています。左側の白い石碑は、ワンちゃんのお墓になっています。
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忘帰台は、江戸時代、黒田藩の武士たちが遠出をして、この地に立ち寄って一休みするとあまりにも景色が良すぎて帰るのを忘れるほどだったことからこの名前が付けられたとされます。さて、ミュゼオダは、小さな美術館で、織田広喜の多くの絵が展示されています。絵については個人の好みがありますので、わたくしにはいささか、???です。
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ミュゼオダの玄関

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ミュゼオダは、嘉麻市生まれの美術家、織田広喜の絵を展示していますが、末永文化センターの前を通る道は、旧脇山道で、センターの角で直行する道は、秀吉が、名古屋城に向かう際に用いた太閤道です。
脇山道の様子。
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太閤道の様子。
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この道を太閤さんが通ったのかと思うと感無量です。過去のブログリスト(ここをクリック下さい)。