みなさん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいいたします。さて、ブログリストを見返していたら、データが消失しているものを見つけ、改めて、書きなおしたものをお届けいたします。今日のテーマは菊池神社です。福岡市には菊池神社と呼ばれるものが二つあります。ひとつは、六本松近くの護国神社のそばにある菊池霊社と七隈にあります菊池神社です。なぜかって?それには少し歴史的な背景をお話しなければなりません。鎌倉時代、元弘3年(1333年)、682年前に、肥後(現在の熊本)の武将である菊池武時(寂阿)は後醍醐天皇の鎌倉幕府倒幕の試みに呼応して、天皇の密命を帯びて博多の鎮西探題北条英時を攻めたが、味方の大友の離反により、戦いに敗れ壮絶な死を遂げております。その武時の首を祀る首塚が菊池霊社、その胴を祀るのが、七隈の菊池神社とされます。首と胴が別々に、祀られているのには、理由があって次のように伝えられています。馬上の武時は、戦いに敗れて、深手を受けた状態で菊池霊社のあるあたりまで(馬場頭ばばがしら)来ると、頭が落ち、そのあと、胴体だけは馬上に乗ったまま七隈近くまで(現在の菊池神社付近)逃げてきてとうとう、胴体部がドサッと落ちたとされています。菊池霊社の様子です。

武時(寂阿)の墓石

次に菊池神社です。七隈の四つ角から少し細い道を入っていくとすぐに菊池神社現れます。

石段を登ると、拝殿は目の前です。

神社の由緒です。

由緒によると天保3年(1832)、武時(寂阿)戦死から500回忌を記念して、福岡藩士城武貞公が500年祭を実施し、明治2年に、黒田藩主長知公が旧社殿を建立したとあります。歴史を紐解きながらお参りされるのもよいのではと思われます。過去のブログリスト(ここをクリックください)。