今年初めての、探訪に出かけてきました。今日は、菊池神社のご紹介です。菊池神社は二か所に別れて祀られていますが、菊池の豪族菊池寂阿(武時)(じゃくあたけときと読む)を祀る神社であります。神社は、六本松と七隈に別れてあります。、六本松近くの神社は、護国神社の南側に大濠会館がありますが、その前の信号を渡った道路の反対側にあります。少し、神社の来歴について御紹介いたしますと、鎌倉時代の1333年、約780年ほど昔のことで、後醍醐天皇の時代です。鎌倉幕府を打倒するために、後醍醐天皇の密命を受けて、肥後の国(現熊本県)の豪族菊池寂阿(武時)は、鎮西探題の館(現櫛田神社の近くにあった)を討つために兵を挙げたが、壮烈な戦いの後、逆に打ち負かされて西へ落ち延びてきたが、まず、現在の一つ目の菊池霊社がある六本松の近くで、首がポトリと落ち、そのまま胴体を馬上に乗せたままに、七隈付近まで来てついに胴体が落ちてしまった。したがって、七隈の神社の方を胴塚、六本松の方は首塚と呼ばれています。この戦いは[太平記」にも記されていますが、1832年に寂阿の500回忌を記念して、寂阿の墓があったとされる七隈に神社を建てたとされています。七隈では、七隈四つ角の交差点から少し南西側に入った場所にあたりますが、道路に面して大きな神社が建っていますのですぐにわかります。過去のブログリスト(ここをクリック下さい)

神社の拝殿は、少し石段を上た所にありますが、登り口には大きな鳥居が立っているのですぐにわかります。


登り口のそばに、神社の来歴を書いた説明版が建っています。

石段を登りきった所はかなり開けていて、神社の拝殿があります。

拝殿の正面の様子。

境内には、大きな榎の木や楠の木があります。

さて、次は、六本松にあります菊池霊社です。こちらの方は、神社は、菊池児童公園と呼ばれるる公園の一角にあり、墓地は子供達の格好の遊び場になっています。

こちらは、首塚と呼ばれる菊池神社で菊池霊社となっております。墓名には菊池寂阿公の墓と刻まれています。
