お約束の成就院のご紹介です。1200年を超える大変に歴史のあるお寺さんであります。筑前琵琶の発祥の地と言えばご存知の方も多いものと思われます。場所は福岡市の南区、高宮1丁目にありますが西鉄高宮駅からというよりは、平尾駅から歩いたほうが近いかもしれません。高宮1丁目と市崎1丁目の境界位に位置していて、地元の人に聞けば、すぐにわかります。
緩やかな坂道がカーブしたあたりのこんもりと木が茂った頭上に成就院の看板が出ています。
 
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成就院の入り口の両側には、妙音、奥法と彫られた門柱が建っています。
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入り口に向かって左側には、天台宗成就院と書かれた門柱があり、隣り合わせて、奥法、右側には、妙音と彫られた門柱があります。
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奥にあります聖観音堂に向けて小道が続いていて観音堂が見えます。小道を少し内に入るとすぐ右手に開山堂があります。扉が閉まっていて、中の様子は、伺えませんので、そのままお参りをいたしました。
 
 
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右手の開山堂の様子です。
 
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さてここで少し成就院の縁起をご紹介いたします。開祖元清法印とありますが、開祖の、元清法印は、766年に大宰府に生まれたが、17歳で病のために失明したので琵琶を学び地神経を読誦し、20歳で叡山に入っている。延歴4年比叡山根本中堂の開基に際して、元清法印が琵琶を弾じて毒蛇を退散させた法徳によって、伝教大使から法眼(ほうげんと読み
法眼和尚位の略で法印に次ぐ僧位)に推挙され、成就院の称号を賜ったと伝えられています。元清は、延歴8年(793年)に筑前国御笠郡 四王子山に草庵を開き、成就院と名付けたたとされます。成就院は皇室のみならず広く一般に、五穀豊穣の祈祷所として敬われてきています。その後、9世の法孫が成就院を博多の蔵本町に移し、臨江山、妙音寺と称したとされ、前述の妙音と書かれた門柱の言葉の意味が理解できます。少し長くなりましたが、1500年末頃、豊前(大分県)の大友氏と肥前(佐賀県)の龍造寺氏との戦いで博多の街は戦火に見舞われ、妙音寺も戦火にあっている。その後、1587年に秀吉により博多の再興が図られ、いわゆる太閤町割りが行われた。その後、承応元年(1652年)、福岡藩2代目の藩主黒田忠之が寺を再興させ、福岡城の鬼門除けのための祈祷所としています。さて成就院に戻って、奥の観音堂には、御本尊の聖観世音座像が祀られています。
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観音堂にお参りをしてちょっと中をのぞかせてもらいました。
 
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聖観世音の扁額が掛かっています。
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観音堂の裏手には、お地蔵さんが沢山鎮座されています。
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肝心の筑前琵琶発祥の碑です。歴代の名手の名前が刻まれています。
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約100年にわたる筑前琵琶の歴史がきざまれています。この碑の前に立つと、琵琶の音が聞こえてくるようです。そういえばまだ私が小学生なりたてのころに、家の近くに高野旭そうという琵琶の先生が住んでおいでになり、琵琶を教えてありました。
 
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