8月24日に、大浜地区(現在の太博町に当たる)の大浜流潅頂際を見に行ってきました。少し潅頂際のいわれを書きますと、宝暦5年(1755年)に起こった大暴風雨によって、博多湾では、多くの難破船が出て溺死者が出たり、町では、家屋の倒壊によって多くの死者がでたりしたこと、並びに、翌年の宝暦6年に流行った疫病による死者の霊を供養するためにr東長寺のお坊さんたちにより行われた大施餓鬼供養が始まりといわれています。今から約260年ほど前に始まった、歴史的な重みを持ったお祭りで、博多の町では祇園山笠祭りで夏が始まり、大浜流れ潅頂際で夏が終わるともいわれております。場所は、太博通りを博多駅から博多港方面へ向かい、紙屋町というバス停の前に原三信病院がありますが、その海側の道を東の方へ少し歩いていきますと、もうそこが潅頂際がおこなわれる潅頂通りになります。祭は、毎年8/24~8/28の0600pm~1000pmまで行われます。

祭の始まるpm6時少し前に着いたので、人の数はまだまばらで、まさに開始の準備の時でした。通りには子供たちが集まってきて夜店が用意されていました

この辺りは潅頂通りと呼ばれる場所で、電柱には潅頂通りの標識が付けられています。丁度、この標識のあるところに公民館があって、そこに、この潅頂祭の目玉となります武者絵が展示されていましたので覗いてきました。


大きさは、横5M縦2.5mくらいの大きなものです。6枚ほど展示されていましたがいくつか紹介いたします。TVなどがない時代ですからずいぶんよろこばれたものでしょう。


この武者絵は、博多の最後の絵師といわれる海老崎雪渓の作品ですが近くでみると大変迫力があります。
この武者絵は、潅頂通りに道路一杯に張られていますが、通りに張るとその大きさと迫力は一段と増します。

さらに通りに面して小さな施餓鬼堂があり、そこでは、お坊さんが、お布施のお返しの色紙に何やらありがたいお言葉を書いておいででした。

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