福岡エリアの歴史に触れたいばかりに博多エリアの代表的なお寺の紹介を忘れていました。黒田家の菩提寺でもあります崇福禅寺であります。
崇福禅寺
臨済宗大徳寺派に属す禅寺で山号を横岳山(おうがくざん)といい、山門の前には、「勅賜萬年崇福禅寺」がかかげられています。
 
 
 
 
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山門の扁額には、西都法窟と書かれております。山門の右手には
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の石碑があり、左側には少し小さめの石碑で、あの玄洋社を起こした頭山満の墓所と書かれております。
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さて、崇福禅寺の紹介もさることながら、この山門は大変に貴重な遺構でもあります。1600年に福岡入りをした黒田長政公が7年の年月をかけて築城した福岡城の本丸への入り口表御門に使われていたものであります。山門の下側には、大正7年に福岡城からこの地へ移されたものである旨が書かれております。したがって、お寺の山門らしからぬ山門ではありますが、400年前に、城内に建てられていた本丸への表御門であり、歴史的に見ても大変に貴重なものであります。
 
 
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寺内に入りますと、大変に貴重な歴史の語り部が残っています。
最初は、小早川隆景が築城し、さらには、黒田長政も、福岡城の築城前に、入場していた名島城から移築された唐門(からもん)があります。これは市内に残る唐門の中で最も古いものであります。さらに、境内を奥に入りますと、黒田家の墓所があります。ここには、藩祖の如水
をはじめ、初代の長政、4代綱政、6代継高、7代治之、9代斉隆などの墓があります。この墓所へ入るには、藤水門という名前の門があり、施錠されているので中にはいれません。格子の隙間から写した中の様子です。黒田家の墓所は、東長寺に(2代忠之、3代光之、8代治高の墓所)もありますが、それに比べると広さはひろいものの、質素な感じがいたします。
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中の墓所の様子
 
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山門側に戻ってみると、境内に入ってすぐ左側には、地蔵堂があり、中にはお燈明が上がり、線香の煙が満ちていて、お参りの人の姿が絶えることがありません。
 
 
 
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この地蔵堂の近くで方丈に向かう道の入り口近くに、千手観音があります。、観世音菩薩像、地蔵菩薩像、文殊菩薩像など沢山の菩薩像が隣り合って祀られていて、ひっきりなしにお参りの客が参詣しておいでです。
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山門入り口近くには、鐘楼や、塔頭心宗庵があります。
 
鐘楼
 
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心宗庵
 
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駆け足でご紹介いたしましたが、またゆっくりと加筆訂正をいたします。今日は、ここまで。過去のブログリスト(ここをクリックください