急に思い立って博多の町を散策してきました。お目当ては、西中島橋のたもとにあったとされます桝形門とそばの赤煉瓦文化会館、鏡神社、渡唐口、綱敷天満宮、櫛田神社でした。天神から歩き始めてキョロキョロしながら歩いて、櫛田神社まで約3時間かかりました。
西中島橋 桝形門
黒田長政の福岡藩の時代には、福岡の地は、福岡を南北に走る那珂川で博多と福岡に二分されていて、博多部から福岡へ入る人の出入りは厳重に制限されていて、今の西中島橋の西側のたもとには、
人の出入りをチェエックスる為の門が設けられていました。この門は防衛上の目的も兼ね備えたものでしたが、いわば関所みたいなもので、人はこの門を通らなくては、博多と福岡を自由に行き来できなかったのです。桝形門には北側と南側に、それぞれ北門、南門が設けられていてその前のスペースが桝形にみえたことから、桝形門の名前がついています。この枡型門は、のちの初代福岡市長山中立木(やまなかたちき)によって撤去が決断されて撤去されていますのでその姿を現在は見ることはできません。現在は建て替えられて新しくなった西中島橋の橋の中程には桝形門の歴史を描いた碑文が設けられています。
現在の西中島橋(西側より東側を見る)

橋の中ほどにある説明用の碑文(手元にあります福岡市教育委員会より借用した古い画像は少し見にくいので割愛します)の絵から推測してください。

さて、この西中島橋の西側の橋のたもと近くには、福岡市の赤煉瓦文化会館があります。

この建物は、以前は日本生命保険会社(だったと思います)の建物で赤い煉瓦の色と屋根の銅板が緑青を吹いて青い色をしていたのをはっきりと覚えています。福岡大空襲にも焼けずに焼け残った貴重な建物です
西中島橋から那珂川(画面左側)と薬院新川(画面右側)、と二つの川にはさまれた水上公園(奥に高いビルが二つ見える部分)

今日は、この辺りでシリーズNO3は終わります。次は続きの鏡天満宮、渡唐口、綱敷天満宮、櫛田神社を取り上げます。