福岡、博多いったいどちらがほんとう??
博多の歴史は古いのだ。日本の歴史を語る史書は古事記と日本書紀があります.日本書紀の後に作られ、759年に発行された続日本記(しょくにほんき)には、博多津は「海域、土地博く、人物産多し」と紹介されていて、実に1300年の歴史があります。その後、戦国時代に関ヶ原の合戦で武勲をあげた黒田長政は報償として筑前国(今の福岡)を与えられた。長政は、黒田家再興の地である岡山県にある福岡の地名(現在の岡山市西長船町福岡、瀬戸大橋の岡山県側の橋脚のあるところ)を取って居城である福岡城のある福崎の地を福岡と命名し武士の町が誕生。地理的に福岡を南北に走る那珂川の東側が商人の町で博多、西側を武士の町、福岡として博多と福岡は共存共栄してきた。時代は経て、市制発足の明治22年(1889年)に市の名前を博多にするか福岡にするかを決める際に、福岡の武士の出身であった市議会議長が一票を福岡に投じた事で福岡市が発足した。(いろいろな隠れ秘話がありますが別の機会に譲ります) 昨年の2009年に市制120周年を迎え、福岡市は120歳となりますが海外に開いた国際都市として元気に発展しつつあります。
福岡県旧貴賓館公会堂
明治43年(1910)に開催された九州8県共進会の皇室の方々の宿泊施設として作られたルネッサンス調の美しい建物です。。今は、一般公開が行われています。1階向かって左側が旧食堂(今はフレンチレストランとして運用)過去のブログリスト(ここをクリックください)
