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日本の歴史を変えた漢のチンギスハンの孫フビライの博多襲来【第1回目は文永11年【1274年)の文永の役)の後再度の攻撃に備えて博多湾沿いに設けられた防塁の跡です。現在は都市開発の波の結果、全長の防塁は分断されて部分的に保存されていますが、昔の全貌を見ることはできません。福岡で比較的、近場で防塁跡を見ることができる所は二箇所ありますが、そのひとつの博多小学校の一角にある防塁遺構はあまりお勧めできません。一方西新の西南学院大学の一号館の一角に保存されているものは、保存状態も良く、昔の状況を見ることができます。公共機関を利用して現地に行くには、西鉄バスの姪浜方面行のバスを利用し防塁前のバス停で下車、海側に歩けば数分で到着します。大学内の保存場所には自由に入ることができます。一度訪れてみてはいかがですか。防塁は二段構えに作られて二度目の襲撃には非常に威力かがあったと言われています。