自己否定をやめる方法?03★否定も肯定もいらない! | かめおかゆみこの≪表現するからだとことば≫塾

かめおかゆみこの≪表現するからだとことば≫塾

あなたが輝く≪表現≫をサポートします!・心身の解放(ゆるめること)・感情の解放
と切り換え・表情トレーニング・身体表現・声の表現・話しかた・聴きかた等々、30年
にわたるワークショップ体験をもとに、あなたオリジナルのセッションを提供します!

かめおかゆみこ  です。

 

一昨日から、この連載、スタートしていまーす。キラキラ

 

昨日のお話、腑に落ちましたでしょうか?
否定を否定しないということ
https://ameblo.jp/kamewaza/entry-12952060962.html

 

「自己否定している自分はだめだ」と思ってしまう、
この時点で、自己否定しちゃっているというお話でした。

そして、光と闇、天と地…すべてのことは、対でできている

という原則からすると、否定と肯定はセット。

よって、否定だけをなくすことはできないというわけです。

さらに言えば、フォーカスの原則として、

「意識したものが拡大する」つまり、

「否定」を意識すればするほど、「否定」が強くなる。

たとえば、きらいなひとがいるとして、そのひとのことを

考えたくないと思えば思うほど頭に浮かんでしまう。

ますます、不快な気持ちが増幅してしまう、というパターン。

皮肉ですよね~。でも、これが、フォーカスのしくみなんです。

 

ちなみに、以前、動画もつくってます♪

 

 

ただ、「否定」がなくなると、「肯定」もなくなる…

ということ自体は、実は悪いことではないんです。

少し脱線しますが、私、「自己肯定感」ということばが、

あまり好きじゃないんです。

「自己肯定」ということばがあると、必ず、

「自己否定」ということばが意識されますから。

そもそも、自分という人間は、すでに存在しているわけで、

わざわざ、「肯定」する必要もないんですね。
「私、ほんとに、ここにいますよね? 肯定してください」

とか言い出したら、ちょっとアブないですから!

大切なのは、

いま、ここに生きている自分を「みとめる」ことです。

この「みとめる」の語源は、「見て(こころに)止める」

という意味です。

「ああ、ここにいるんだね」と、ただ受け止めることです。

そこにしのごの理屈をつける必要はないんですね。

ただ、いる。それだけで充分なんです。

 

何ができるとか、できないとか、

何かをもっているとかいないとか、関係ないんです。

まして、他者と比べる必要は一切ないんです。

さらに脱線しますが、この「他者と比べて」どうのこうの

…という発想って、ほんとにあほだと思います。えー

「比べる」ことそのものは、別に問題ないんですよ。

 

だって、新しい服を買おうとするとき、手にとっている

この服が、自分の身長と比べて丈が長いとか短いとか、

幅が広いとかせまいとか、比べなかったら、

自分に合う服が選べないじゃないですか。

ポイントは、比べた結果、

こっちがすぐれているとか劣っているとか、という評価、

もっと言うと、ジャッジ(判定・裁定)することが

よろしくない、ということです。
 

それも、品物の大小ならまだしも、人間に対して適用する

ことが、まちがい、もとい、かんちがいなのだと思うのです。

(すべてのことに、いい・悪いも、正しい・間違いもない、

 というのがワタシの持論です)

「自己否定」をしてしまうひとは、そのかんちがいに

まきこまれているだけなのです。

「私は劣っている」「私は〇〇ができないからだめだ」

という発想自体が、人生最大のかんちがいなのだと、

まずは気づいてほしいと思っています。

というか、そこに気づいて、ジャッジをてばなすことができれば、

「自己否定」は卒業できますし、

同時に、「自己肯定」も必要なくなります。

 

ただ、ある。ただ、いる。それだけでいいことになるのです。

「自己否定」「自己肯定」といった見かたがなくなると、

ことばそのものも存在意味をうしなって、消失していくでしょう。

ああ、さっぱり!爆  笑

とはいえ、このかんちがいの闇は実におおきいのです。

明日からは、そのあたりをていねいに、

ひもといていくことにしましょう。
  

 

 

全目次

 

 

星 22年以上つづく日刊メルマガ「今日の

  フォーカスチェンジ」の詳細は、こちら 流れ星

花火かめおかゆみこの講座情報は、こちら!

義理チョコかめおかゆみこの講座ご依頼は、こちら!