かつて住んでいた者にとっては、こんなもん作りやがっての気持ちしかないのだが、
一面の荒野では、記憶目印だけが頼りになる。
その一つが稲荷神社。
赤い鳥居も社も失い、様変わりであるにも関わらず。存在感は消えてはいない。
 
 
ここには、本当に狐が棲んでいた。
飼われていたのか、不明なのだが気配の記憶があった場所。
揚げのお供えが役に立ったかわからないが、
いつもお供えがあった。

 

 

 
 
 
聖人堀にあるこの地蔵も、メモリーランドマークの一つ。
一番重いから残ったに違いないが、周囲もきっちりと整備されていたのにこれだけが残っている。
かなり幼少の頃、この前を馬がよく通っていた。
そのもう一つ向こう側には鉄道があり、海岸線を並行に走行していたのはよく記憶している。
 
ここにあった「濡れ仏」様は、元々海からの漂流物としたのを祀っていた。
どこぞを旅してきた仏像を近隣住民が建立。
それが再び、あの大津波で旅立ち。
どこぞの海の底で修行している。