お寺についてのアンケートを取った記事が本願寺の機関誌に載ってたという。
今日のお話はそこからはじまりました。
第3位 寄付が多い。
第2位 不安をあおる。
第1位 何をしているのかわからない。
確かにお寺はしずかだし、知らない人からは不思議がられてもおかしくない。と、住職さん。
宗教離れが進んで、お寺へ行く人が少なくなったので。そんなことを考える人が増えても不思議ではない。
私も思う。不孝でもない人にやたらとあなた方は不幸だと決めつけて「救ってやるから、お話を聞きなさい。」って言っているのはどこの宗教でも同じではないか。幸せな人には聞きたくないお説教です。
悪人正機
「悪人こそ救われる」。というと、善人は救われなくて、悪いことをした人が救われるって変じゃない。と、考えるのが普通。なんでこんな訳の分からないことを親鸞さんがおっしゃったのだろう。なんて私も考えました。
でもそういう意味ではないようです。
善人とか悪人とか言ってるのは、社会的に見ていっているので仏教でいう悪人の意味とはちょっと違うようなのだ。泥棒をしたらいけない。喧嘩をしたらいけない。人に迷惑をかけてはいけない。とは社会常識でいう悪。仏教では、佛を信じる人は、何もしなくても救われる。が、信じない人は救われない。当然のことなのですが。阿弥陀様はこういった仏さまを信じない人こそ救われるといっているので悪いことしている人を救うとはちょっと意味が違うようです。仏さまにそっぽを向けた人達をどうやって救おうかと思っていらっしゃるようです。仏を信じなさい、そうしたらあなたは救われますよ。結局勧誘をしたいだけです。
善悪とは人間界だけで自然界ではそんなものはない。
台風が来たら悪い。地震が起こったら悪い。津波が来たら悪い。ということは人間の都合でいっているだけ。
台風は汚れた空気をかき混ぜたり、海水を巻き上げて深海迄酸素を届けたり。地震を起こして地面のひずみを解消したり、いわゆる地球のお掃除をしてかえって私たち生物の環境を守ってくれます。悪いことしているのではないのです。
異常気象とは人間がやっていることで、自然界は並なことでは解消しないから暴れているだけで、原因は全部人間様がやっていることで、自然はそれを解消するために頑張っているだけです。それが嫌なら人間は自然環境を守りためにもっと頑張らなくてはなりません。自分たちのやっていることを反省しなければなりません。まずは、車に乗ることはやめて移動は電車やバスにすることから始めてみては。