酒呑童子と宵の夏 | kamen-godのブログ

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 この作品は、東方Projectの二次創作作品です。

 本文の無断転載、また、許可なく利用することを禁じます。

 それでは、本編をお楽しみください。

 イラスト:筆者

 

 

 

 

 鬼。

 人々から恐れられてきた存在であると同時に、人々の文化の一部ともいえる存在。

 だが「鬼」と言っても、その性質は様々である。人間と繋がりのある存在で、人間の影響を強く受けてきた以上、人間のように多種多様な性格が生まれるのは当然だ。

 これは、そんな鬼の中でも、酒が大好きな奴の話。

 

 

 

 早朝の幻想郷を、どこかから眺める者が二人。

「ここは相変わらずの景色だなぁ。毎日のようにここで飲んでいるが、そろそろ飽きてこないかい?」

「おや、そうかな。ここは幻想郷の全てを見渡せるような場所だ。ここから見える景色が変わらないってことは、平穏無事な日々が今日も続くってことじゃないか」

 豪快に笑うのは、星熊勇儀。その相方(?)である伊吹萃香は、勇儀を見ながら不満を口にした。

「そう言われちゃそうだが……たまには「変わった味」の酒が飲みたいねぇ」

 勇儀は暫く萃香を見つめ、ある提案をした。

——幻想郷でも周ってきたらどうだ?

「……へぇ、そいつは面白い」

 萃香と勇儀は、それぞれの酒器に満たされた酒を、ぐっ、と飲み干した。

 蒸し暑さの際立つ幻想郷に、夏の朝が訪れる。

 

 

 

 日の出と共に飛び起き、巫女服に着替え、髪を結え、その他必要な準備を全て終えた霊夢は、境内から見える景色を眺めていた。

「いいお天気ねぇ……洗濯物がよく乾きそうだわ」

 夏も半ばへ差し掛かり、暑さが猛威を振るう時期。炎天下で、巫女服を纏い、境内の掃除をする——実にハードな作業であるのだが、終わった後に存在するささやかな休憩を楽しみに、霊夢は日々の業務に勤しんでいるのだという。

 元気な蝉の鳴き声が、博麗神社に響く。多くの人間が鬱陶しさを感じるこの声を、霊夢は好んでいた。ここにいるだけで、夏の風物詩の一つを手軽に味わうことができるためである。

 それに、普段の宴会で聞こえてくる騒々しさに比べれば、寧ろ静かなくらいだ。静かすぎる雰囲気を、霊夢は好まない。

 呑気な事を考えている霊夢の下へ、瓢箪を片手にする鬼が現れた。

「げ、萃香」

「げ、とは失礼な」

 萃香は不服そうな表情で霊夢に不満を述べた。もちろん、くだらない冗談の一環である。

「これから境内の掃除でもしようと思ってたのに……しっかし、珍しいわね。あんたがこんな朝早くからやってくるなんてさ」

 霊夢は太陽に向け、ぐっと伸びをする。腋が強調されるその行為には、無意識下で異性を——否、同性をも魅了するものがあった。

「勇儀に言われて遊びに来てみてるのさ。違う景色から見る酒も、たまには旨いんじゃないかと思ってね」

「あら、そう。それじゃ、来客用の茶はいらないわね?」

 霊夢はくるっと萃香に背を向け、箒を取りに向かった。それを見、萃香は声を出して笑う。

「そりゃ、酒があるから必要ないが——いいや、普段からそんな態度だったな、お前さんは」

 必要ないが、なんだその態度は——そんな言葉が発せられようとしたが、いつものこと——余計な思考を頭から除外し、萃香はその一言を発した。

 日が昇ったばかりで、暑さが増すばかりの博麗神社には——二人の笑い声が響いていた。

 

 

 暫しの雑談を終えた萃香は、本来の目的を霊夢に問うた。

「っと、そうだ。博麗神社の中で、一番いい景色が見える場所ってのはどこだい?」

「そうねぇ、やっぱり縁側じゃないかしら」

「縁側? あの辺はいつも宴会で使っているから、もう十分見慣れているよ」

 霊夢は、博麗神社を囲むようにして生えている木々を眺めながら応えた。

「いいから、一回座ってみなさいってば。なんとなく、じゃ計れない景色ってのもあるのよ?」

 そよ風に吹かれ、木々は揺れる。まるで、霊夢の言葉に賛同しているかのようだ。

「……それもそうか。よし、ちょっと行ってくる」

 頑なに否定していては偏見にとらわれてしまう——それを解っていた萃香は、霊夢の言葉に従い、縁側に腰掛けた。

 日差しは木々の緑を縫うように世界を照らしている。夏の小さな世界の中に、萃香はいた。

「どれ、それじゃ……」

 目を瞑り、酒を体の中に流し込む。

 頭の中には、博麗神社らしさを残したまま、森が創造された。全身を駆け巡る冷たい川に、耳を澄ませば聞こえてくる木々の言葉。なるほど、これが霊夢の言っていた「計れない景色」か——萃香は驚いた。だが、それに勝る安らぎが、その驚きを打ち消していた。

 酒の余韻に十分に浸った後、萃香は素直に感想を述べた。

「……確かに、霊夢の言う通りだな。普段は騒がしいこの場所も、静かな夏の朝ってだけでこんなに違うものなのか」

 萃香は満足そうな表情を浮かべた。自分の勧めた場所で楽しんでもらえて、霊夢も同様に満足そうだ。

「ま、美味しく飲んでもらえたならよかったわ」

「あぁ、礼を言うよ」

 ゆっくりと立ち上がり、その場を去ろうとした萃香を、霊夢は呼び止めた。

「あ、そうそう。今日の夜、美宵ちゃんの予定も空いているみたいだし、ここで宴会を開くわよ。今の味を覚えておけば、また楽しめるんじゃないかしら?」

「あぁ、分かった」

 さりげなく誘ってくれる霊夢の優しさに暖かい感情を覚えながら、萃香はその場を去るのだった。

 

 

 

 迷いの竹林にて。萃香は文字通り迷い、同じ道を行ったり来たりしていた。

「……完全に迷った。さて、どうしたもんかねぇ」

 新たな味を求め、竹の生い茂る迷いの竹林を通り、永遠亭まで向かおうとしていたのだが——どの道を進んでも、同じ場所へと戻ってきてしまう。

「おや、どうした。道に迷ったのか?」

 どの方向からかは判らないが、萃香を呼ぶ声が一つ。真っ赤なリボンに真っ白なシャツ、赤いもんぺを穿いたその人物の名は——竹林の案内人兼自警団、藤原妹紅。

「悪いね、道に迷ってしまって」

「永遠亭か?」

「そっちにも用はあるが——実は、こういうことでだな」

「——ふむ、つまり……今までに飲んできたどれとも違う味を探している、と」

 妹紅は悩む素振りを見せた後、萃香に背を向けた。ついてこい、という意思表示だろう。それを理解した萃香は、妹紅の後ろをゆっくりと歩いていった。

 

 

 ゴトン、と、木の器が机に置かれる。妹紅が持ってきたのは、筍の煮物だった。彼女のお手製なのだろうか——どこか懐かしい、安心感のある不思議な雰囲気だった。

「おや、こいつは旨そうだ」

 萃香は嬉々とした表情で筍に目を向ける。

「さっそく気に入ってもらえたようで何よりだ。その辺に腰掛けて、辺りの景色でも眺めてみてくれ。って言っても、竹しかないがな」

 妹紅は笑った。じりじりと照る日差しが、妹紅の顔に影を作る。この笑顔目当てでくる輩もいるんじゃないか——? その考えは頭の隅に放っておくことにし、竹藪の感想を述べた。

「ふむ……夏の竹藪っていうのも、また趣があるねぇ」

「あぁ。筍っていうのは竹から生まれる存在だろう? 芽吹く生命を前に、その力を分けてもらい、明日への活力とする——いずれ土に還る人間だからこそ、解る魅力っていうのがあるんだろうな。ある知り合いもこれを好んでいたよ」

 夏の風が、竹と竹の間を吹き抜ける。外に放置されている、二人は座れそうな大きめの岩——それに腰掛け、髪をなびかせるその姿は——不老不死にも関わらず、その場にしか見られないような儚さを感じさせる——否、不老不死でも、その場にいるのはほんの一瞬。映る景色は刹那のものであるからこそ、儚さがひしと伝わってくるのだろう。

「さ、心ゆくまで楽しんでくれ」

 妹紅は目を瞑り、自然との対話を始めた。それを見倣い、萃香も酒を楽しむことにした。

 竹の匂いとその揺れる音に耳を澄ませながら、瓢箪に口をつける。つるり、と——酒が喉を通る感覚。全身で酒を味わいながら、筍にも手をつけ始めた。

 そこに在るままの姿として成長した生命の中心で、その生命の一部をいただくことに感謝しながら、その命を食す。弱き存在は、強き存在に——滅多に死なない鬼であるが、弱肉強食を掟とする生命の循環を、ひしと感じることができたようだ。

 鬼のように強い存在ともなれば、常に食す側に立っているのは当然のこと。だが、弱き存在がいるからこそ、強き存在も生き、楽しみを味わうことができる。弱き存在は強き存在に守られると同時に、強き存在を生かしている——酒に酔いしれる前の感覚を、萃香は取り戻したような気がした。

「……こいつは素晴らしい。どこか懐かしい気分だ」

 その一言に反応して、妹紅はこちらに目をやった。萃香の言葉は簡素なもので、伝え方としては最低——不器用といったレベルである。だが、妹紅はそこに込められた想いを感じ取ったのだろう。心の底から喜んでいる、といった表情で——

「喜んでもらえたならよかったよ!」

 萃香は妹紅を見、ケラケラと笑っている。笑い転げているのではなく——その様子に興味を示した、落ち着きのある笑いだ。

「藤原妹紅……だっけ。あんたも一緒に飲まないかい?」

「ご一緒させてもらおうかな。飲み過ぎには注意するんだぞ?」

「ふふ、あんたもね」

 

 

 

 萃香の酒に付き合った妹紅は、萃香のペースに合わせて酒を飲んだためだろう——頭痛で歩けなくなってしまった。

「まったく、だから言ったじゃあないか。飲み過ぎには注意しろ、ってね」

「はは……酒は飲んでも飲まれるな、ってか」

「おや、そんなことを言っている余裕があるってんなら、自分で歩くかい?」

「そりゃ勘弁だ……」

 妹紅は笑った。体調不良とはいえ、不老不死——ある程度のタフさは持ち合わせているのだろう。

「あ、その道を左」

「はいよ」

 傍から見ればおかしな光景かもしれないが、幸いここは迷いの竹林。その辺りにいる分には、何一つ問題など生じないのだが——

「……なぁ、本当に行かなきゃダメか?」

「何を今更。ここまで来たんだ、永遠亭とやらから見える景色でも飲んでみたいじゃないか」

 妹紅は、萃香の歩みに合わせてゆさゆさと揺れる。身長でいえば逆の立場となるのだが、酒に関しては萃香の方が圧倒的に親である。

「はぁ……わかったよ。あ、そこは曲がらずにまっすぐ進むんだ」

 文句を垂れているが、これ以上酒を飲ませられてはたまったものじゃない。妹紅は、渋々永遠亭へ続く道を辿るのだった。

 

 

 永遠亭門前(?)から、住人を呼ぶ声が一つ。

「お〜い、誰かいないのか?」

「はーい……って、妹紅さん⁉︎ そこの貴方、一体何があったのか説明してもらえる?」

「飲んでたら倒れた。以上」

 永遠亭の廊下から現れたのは、鈴仙・優曇華院・イナバ。妹紅の友人のような存在である。

「へ……? 分かったわ、後は任せてちょうだい」

 妹紅を引き取り、その場を去ろうとした鈴仙を呼び止める声が一つ。

「おっと、待ってくれ。こういうわけがあってだな、旨い酒が飲める場所を探しているんだ。永遠亭《ここ》で最も景色が綺麗な場所を知らないかい?」

 鈴仙は振り返り、ぴん、と人差し指を立てた。アイデアを示すことの意思表示だろう。

「それなら、姫様のところに行ってみるといいわ。奥の部屋にいるから、声をかけてみてちょうだい」

 萃香は来客用の玄関から上がり、鈴仙の指す〝姫様〟の下へと向かうのだった。

 

 

 指定された障子の前にて、その先の人物へと声をかける。先の人物は、ゆっくりと障子を開け、姿を見せた。

「よう。実は、お前さんに用があってだな」

「へぇ、どちら様?」

 萃香の事情説明後、輝夜は納得したような素振りを見せた。

「……ふむ、なるほどね。酒と景色を求めて永遠亭に訪れた人物なんて——今までにいたかしら」

「あんたも面白いものを求めているって、知り合いの魔法使いから聞いたことがあったんでね。こういうの、好きだろう?」

 萃香は不敵な笑みを浮かべた。それを見、輝夜も笑みを浮かべる。

 暫しの沈黙の後、輝夜は一変、爽やかな笑顔を見せた。

「ついていらっしゃい、鬼さん。私が精一杯もてなしてあげるわ」

 

 

 綺麗な木製の廊下を暫く歩くと、辿り着いた先は庭園のように切り開かれた場所だった。周りより少し涼しめな雰囲気だが、ここにも特別な仕掛けが施されているのだろうか。

「ここは?」

「本当は夜が一番綺麗なのだけれど、月と竹が最も美しく見える場所よ」

「少し涼しめなのにも何か仕掛けが?」

「さぁ、どうかしら」

 輝夜は妖艶な笑みを浮かべる。霊夢や妹紅とはまた違った、異性も同性も惹きつけてしまいそうな魅力が、そこにはあった。

 ふふっ、と——輝夜は、いかにも姫らしい上品な声で笑う。

「それで、ここには何が?」

 疑っていてその美しさに一驚するという流れを、今日だけで何回もしている——もはや〝一〟驚ではない——萃香は、相手の勧めた場所を疑わず、その魅力を真っ先に問うた。

「貴方、月見はしたことがあるかしら?」

「最近はほとんどしてないが、何回か。月で大敗を喫してから、月なんて二度と見るか! なんて思っていたくらいだからねぇ」

「ふふ、それはどうも。そんな出来事なんて忘れて、純粋な気持ちで酒を飲んでみてはいかがかしら?」

「月を想像して楽しむ月見、か」

 瞼を閉じ、静かな自然の音に身を委ねる。

 その裏側に映し出される、小さくも広くもある世界には、辺り一面に広がる幻想的な竹藪、自身の背後に聳える、月の姫が住まう屋敷——

「美しい」

 そう表現するのが最適解——逆に言ってしまえば、それ以外に形容し難いものであった。

 月に盃を翳す。盃に満たされた酒は、月の光を受けて金色に輝いている。月の光を浴びた酒——言うなれば〝月光〟そのものを——竹藪を吹き抜ける風と共に、口へと運んだ。そこに在るがままの月を含んだ酒は、喉を通るごとに、心地のよい音を立てて吸い込まれていく。

「……!」

 勇儀の言っていた、味の違い——それを体現したかのような酒が、その世界の中に存在していた。

「……ここまで違うものなのか」

「あら、そこまで満足していただけたなら嬉しいわ。もてなす側としても光栄よ」

「あぁ、無限に飲んでいられそうだよ」

「ふふ、飲み過ぎは体に毒よ」

「私を誰だと思っているんだい。酒呑童子、伊吹萃香だぞ?」

 萃香は豪快に笑った。酒呑童子らしい、尽きない元気がそこにはある。

「そう言うと思って、もう一つスポットを用意しているのよ」

 

 

 次に輝夜が連れてきたのは、大浴場だった。

 最後は輝夜も一緒に飲む、ということなのだろう——横には、入浴準備万端の輝夜がいた。

 話には聞いていたことがあった「かぐや姫」だが——なるほど、普段のそれですら男を魅了するものを持ち合わせているのだ——誰にも見せないであろう姿ともなれば、見惚れてしまうのは当然か。

 視線に気が付いたのだろう。輝夜は動じず、目配せをして浴場へと入っていった。下品なところなど何一つ存在せず、そこにあったのは「非の打ち所がないお姫様」だった。

「いいのかい、ここまで借りてしまって」

「別に構わないわ。先ほどのそれで貴方の満足そうな表情が見れたから、つい気合いが入っちゃってね。ついでよ、ついで」

 輝夜の笑みに、萃香は不思議な感覚に陥った。その魅力に惑わされてしまっているのかもしれない。

「おや、それは嬉しいねぇ」

「今晩、空いている?」

 輝夜はこちらへ歩み寄る。輝夜も、萃香の魅力に気がついたようだ。

「おや、そいつは嬉しいねぇ。乗らせてもらおうかな」

「うふふ、本当にその気があるならまた後で来なさい」

 急に話題を繰り出されても対応できる萃香は経験豊富、ということなのだろうか。

 閑話休題。

 萃香は再び、この場所の魅力を問うた。

「ところで、貴方——何故、永遠亭ができたのか知っている?」

「いいや」

 輝夜に続いて湯船に入った萃香は、ふぃ〜、と息をついた。

「月から逃げてきた罪人である私を——いえ、私たちを守るために作られたの。

 実は大浴場《ここ》、私のお気に入りでね。昼は、月を制す太陽が私たちを見守ってくれている。夜は、太陽を制す月が懐かしき故郷の姿で私たちを照らしている。ここは、私にとって「一つの宇宙」なの」

 落ち着いた声で、来客に寄り添うように優しく——輝夜は語り始めた。

 永遠の中に生まれ、永遠から放たれることで存在を確立した「宇宙」からは、輝夜の込めた想いがひしと伝わってきた。

「……っと、御免なさい。少しお喋りがすぎたかしら……逆上せないうちに、お酒をどうぞ? 私が導かずとも、今の貴方であれば想像は容易な筈よ——」

 あぁ、と頷き、萃香は酒を口に含む。喉を通った酒が見せた幻は——壮大であり、矮小な宇宙。

 月の光の中で生き、咎人として月の光から逃げた姫の半生——その先に見出した、穢れた地に見る夢。月を裏切った姫を守る絶対的な〝太陽〟という存在と、裏切ったことなど気にせず、地上を照らし続ける〝月〟の神秘——美しさをも超越した一つの世界が、酒という存在を通じて萃香に伝えられた。

「……先のそれとは違った素晴らしさが感じられたよ。これは、本当に貴重な体験をしたかもしれないな」

「あら、貴方……いいえ、なんでもないわ」

——貴方、泣いているの?

 そんな疑問が、輝夜の喉から上ってきたが、これを聞くのは野暮だろう——そう判断した輝夜は、言葉にしなかった。

「ありがとうな、輝夜さんよ……夜に博麗神社で宴会を開くそうだ。そこでまた、語り合わないかい?」

「あら、こちらこそありがとう。それでは、また後で」

 酒を通じて、ここまでたくさんの世界が見れるとは——萃香は感動を覚え、妹紅の案内で永遠亭を後にしたのだった。

 

 

 

 夕日輝く博麗神社の階段を、暑さと戦いながら上る者が一人。萃香が戻ってきたのは、日が沈み、月が顔を出し始めた時間帯だった。

「あら、おかえり。どう、お酒は楽しめた?」

 半端な時間に訪れた来客であったが、宴会の者となれば話は別だ。霊夢は快く受け入れた。

「あぁ、お前さんの言っていた事が解ったよ」

「そう。それじゃ、いつもの酒といくわよ」

「精一杯楽しもうじゃないか」

 霊夢は水筒に入った麦茶を、ぐっ、と飲み干した。酒とはまた違う夏の味が、霊夢の渇ききった喉を潤してくれる。

 あれから、萃香は、永遠亭に白玉楼、飲み慣れた妖怪の山と——絶景が見られる場所を転々とし、様々な味の酒を楽しんだようだ。

「もちろん、準備は手伝ってもらうからね」

「……それじゃあその麦茶を一口くれ」

「……嫌よ」

「よ〜こ〜せ〜」

「い〜や〜だ!」

 萃香は霊夢に飛びついた。ぎゃっ、と——霊夢の楽しそうな声が境内に響く。

 その行動が酔いによるものかどうかは、当人たちですら知り得ないことだ。

 

 

 霊夢と萃香がじゃれあっていた場面へ、タイミング悪く(?)現れた者が数名。

「……貴方たち、何をしているの?」

「げ、見られた……って、珍しいわね。あんたたちまで早く来るなんて」

 霊夢の準備を手伝いに来たのは、紅魔館のメイドである十六夜咲夜に加え——萃香から情報を聞きつけて早めにやってきた、永遠亭の面々と妹紅であった。

「お酒を飲む前からそんなに遊んでいてどうするのよ……」

「忘れなさい、いいわね?」

「はいはい……これで勘弁してちょうだい」

 そう言いながら、永琳は筍やら酒の肴となるものを手渡した。

「あら、ありがとう」

「さ、そろそろ準備を始めようじゃないか」

 その場に寝転んでいた萃香は、ゆっくりと立ち上がり、宴会の準備に走っていった。

 

 

 

 宵は深まり、時は夜。小さな灯りは、儚く、しかし賑やかに——酒を楽しむ者を照らす。

 縁側には、酒を楽しむ鬼を飲む巫女が、二人。

「なぁ、霊夢」

「ん」

 人々の熱気に合わせて盛り上がるように、元気に輝く月を眺め——萃香は呟いた。

「……見えてる景色や、そこから広がる世界を知っていれば酒は旨くなるが——出された酒の裏側ってのにも触れるとまた、酒の味ってのは変わってくるんだなぁ」

 萃香はしみじみとした様子で酒を飲んでいる。今回の出来事は、萃香一人では到底辿り着けなかったであろう世界を切り開く鍵となったのかもしれない。

「酒もその肴も、誰がどんな想いを込めて持ってきてくれたのか——それを想像するだけで、味は必然と変わってくる。そこに言葉がなくたって、ね」

 食事と本音混じりの雑談を肴に、酒を飲む——相手の楽しそうな顔を思い浮かべ、喜んでくれることを祈りながら酒を提供する——そういった提供者の想いを推し量ることで、自身の心に、感謝という味が生まれ、酒も美味しくなると、霊夢は考えているのだという。

「もちろん、準備や片付けも——ね」

 霊夢の視線は、あるメイドへと向けられた。

「はは、お前さんにゃ敵わんよ」

 その意味を知っていた萃香は笑った。一番単純そうに見えて、一番複雑——それを一切表に出さないのが、霊夢の魅力の一つなのかもしれない。

「でもまあ、折角の宴会なんだから——余計なことを考えていたら損、か」

 しんみりした方向へと進んでいった空気を叩き壊すように、霊夢は笑った。

 確かにそうかもしれんな、と、萃香も笑った。

 

 

 博麗神社を守る大木にもたれかけ、輝夜は永琳と酒を楽しんでいた。

「昼頃、うちに鬼が訪れたでしょう? 彼女、中々に面白かったのよ。話しかけに行ってみるのはどうかしら」

「貴方からそんな言葉が聞けるなんて嬉しいわ。いいわよ、行きましょう」

「輝夜!」

 輝夜に立ちはだかるは、酒に酔った妹紅だった。

「あら、どうしたの。酔って萃香に運ばれてきた焼き鳥さん?」

「お前……どこまで見てたんだよ……!」

 昼間から萃香の酒に付き合わされた妹紅は、酔って萃香に運ばれ、永遠亭で薬をもらう一部始終を、全て輝夜に見られていたのだった。

「最初からぜ〜んぶ、よ」

「今日という今日は絶対に殺してやるぞ!」

 酒の影響か恥ずかしさか、妹紅はひどく赤面している。周りも騒がしいため、大して目立ってはいないが。

「そんなに私を倒したいなら、酒で勝負なさい。ついでに、鬼さんも誘ってね」

「いいだろう、望むところだ!」

 暑い中で熱くなる二人の下へ、その声を聞きつけた萃香と霊夢がやってきた。

「お、なんだなんだ。私とやろうってのかい?」

「知らないわよ、全員飲み潰れても」

「望むところだ!」

 思い思いの酒を楽しむ宴会は、一晩中続いたという。

 宵の夏を盛り上げる宴会に、終わりなんてものはないのかもしれない。

 

 

 

 楽しかった宴会も終わり、次の日の朝。日は目を覚ましておらず、世界は未然暗いままだ。

「今日も平和だねぇ。うまい酒が飲めそうだ」

 勇儀は酒をぐっ、と飲み干した。喉を通る気持ちの良い音から、以前とは違った心地よさが感じられる。

「あぁ。だが、よく見てみると、また違った景色になって見えてくる。誰がどこで何をしているのか……一つ一つの景色と想いを考えるだけで、酒の味ってのは変わってくる。昨日一日周ってみて、物事を近くで、じっくりと想像しながら見てみるってことの大切さが解ったよ。ありがとう」

 珍しく礼を言う萃香を、勇儀はまじまじと見つめた。盃に満たされた酒を、ぐっと飲み干して——

「私は何もしてないぞ。確かに、助言をしたのは私だが——それをしっかり耳に入れ、行動に移したのはお前さんだろう?」

と、賞賛に近い一言を。

「っはは、そりゃそうかもしれないが」

 勇儀のペースに合わせ、萃香も酒を次々と口に運んでいく。瓢箪から口を離すと、ぷはぁ、と——いかにもといった音が発せられた。それと同時に、萃香は何もない空を見上げ——

「さて、今日もうまい酒が飲めることを祈るばかりだ」