新・雑感雑記(4) 翔んで埼玉にも出てくる「武蔵野線」のお話 | JACK DANIEL’Sを片手に

新・雑感雑記(4) 翔んで埼玉にも出てくる「武蔵野線」のお話

(※  23/12/16   一部加筆再修正)



こんにちは。


出典:Wikipedia 「武蔵野線」より





前回のブログで「翔んで埼玉・琵琶湖より愛を込めて」を観てきたお話をしました。





今回は久々の電車ネタ、映画のタイトルにもなっている「埼玉」を東西に貫くJRの路線、『武蔵野線』についてお話します。





ちょっとネタバレにはなりますが、今回の映画の最序盤で「埼玉県内の横のつながりを強化する」ことを目的として、「埼玉を東西に貫く電車路線・『武蔵野線』を作る!!」という迷シーンが出てきます。





埼玉出身である筆者は「なんじゃそりゃ(笑)」と、思わず笑ってしまいました。





このJR武蔵野線、埼玉を南北に貫く路線をいくつも繋ぐ環状線のような役割をしているので、「埼玉の横のつながり」という表現は確かに間違ってはいません。





武蔵野線(当時は国鉄)は、1973年4月に部分開通し、埼玉県区間においては全通しました。





が、実際には埼玉県民の横のつながりを強化するために建設された路線ではありません(苦笑)。





因果関係が逆です。





あくまでそれは結果論であって、

武蔵野線建設の真の目的は、「増え続ける旅客輸送を捌くことによる貨物輸送への影響を抑えるため、都心を通すことなく貨物列車をスルーさせること」にありました。


出典:Wikipedia「武蔵野線」より



上の図の茶色とオレンジ色の部分が、厳密な意味での武蔵野線です。見ての通り、東海道本線(京浜東北線)の鶴見付近から分岐し、ぐるっと環状に線路が走って最終的には西船橋までつながっています。





ただし、旅客営業は府中本町より北側の部分で、府中本町〜鶴見は今でも貨物専用路線(通称:武蔵野南線)です。





明治から大正にかけて、貨物列車は東京都心の線路を走っており、あの山手線の線路をも通過していました。





今では考えられない光景ですが、当時は山手線といえど旅客列車と貨物列車が1つの線路を共有するのは当たり前の時代でした。






国鉄(当時は官営)・東海道本線を走ってきた貨物列車は、都心の山手線を通り、同じく国鉄(官営)の東北本線・常磐線などの路線に入って物資を北の地域へ輸送していました。





しかし、日本の人口が増えそれに伴い山手線の貨物輸送の需要が増えた結果、大正7年〜14年にかけて旅客線と貨物線の線路を分離します。





新しくできた線路は「山手貨物線」と呼ばれ、大崎〜新宿〜池袋〜田端を通りました。

実質的に、複々線(線路別複々線)の出来上がりです。





戦後、旅客輸送が増えると、国鉄は山手貨物線に旅客列車を走らせることを計画します。





しかしこれでは、貨物列車が走る山手貨物線の線路容量をひっ迫することになる。なので貨物線は別の路線を作って、東海道線〜東北・常磐線ルートの貨物輸送を確保しなければならない。





そこで建設されたのが、「武蔵野線」だったのです。





つまりその正体は、混み合う東京都内を通すことなく貨物列車を輸送するための、いわば「貨物列車のバイパス路線」だったのです。





ここまでお読みになった方は、薄々勘づいていると思いますが




これまでの経緯には、当然のことながら埼玉県の「さ」の字も出てきません(苦笑)




ただ、武蔵野線は貨物専用線というわけではなく、開通当初から旅客輸送も営業しておりました。





開通当時は、府中本町(東京)〜新松戸(千葉)にて、昼間時間帯は40分間隔、ラッシュ時で10〜15分程度の間隔で、貨物線を通したことよる沿線住民への見返りだったとのことです。





しかし時代が流れるに連れ、陸上輸送の主役が貨物列車からトラック輸送へと取って代わられるようになり、武蔵野線もその貨物輸送量が減少していき、線路容量に余裕が生まれます。






併せて、沿線住民の人口も増えたことで旅客列車が増えて、現在では全編成が8両、平日で10〜12分に1本程度の間隔で走る至り、今日も多くの埼玉県民を乗せて走っています。





つまり、因果関係が逆なんですね(笑)




映画では、面白おかしく描かれていますが、こんな背景を知った上で観ると、埼玉県外にお住まいのあなたも、埼玉県民に1歩近づくかも知れませんよ(笑)






※  余談ですが、貨物輸送が減少したという点では「山手貨物線」も同様でした。





90年代後半では一部区間(池袋〜新宿〜恵比寿)にてすでに旅客列車が走っていましたが(= 埼京線)、2001年12月、JR東日本はさらに旅客列車を増発することとなりました。それが現在の「湘南新宿ライン」と呼ばれる路線になります。





また武蔵野線は、1本で東京ディズニーランドへ行けるようになっています。





が、ディズニーランドの最寄駅は「京葉線」という別の路線の駅で、これは「武蔵野線が京葉線に乗り入れて、東京まで運転する結果として『おまけに、ちゃっかり』通ることになった」ことも、コッソリ付け加えておきます。