数年前のある日、ブゥが突然オカメインコの雛を買って来た。 ロビがいるのに何を考
えているんだと思ったが、細心の注意を払いロビに見せてみると意外にも襲ったりせず
平然としていたので飼うことに決めた。名前を 『プイプイ』 とつけた。 プイプイはまだ飛
べないので、鳥かごから出すとテクテクと歩き回る。ロビはそれをジッと見ていて、プイ
プイが見えなくなると急いで追いかけていき、プイプイの傍らに座り、またジッと見る。
それは何だか親が子を見守るような、そんな感じであった。 しかし、飼いはじめて数
週間経ったあたりから、プイプイはあまり餌を食べなくなった。さらに下痢もつづいていた
ので、近くの病院で診てもらう事にした。診察した医師は 「まぁ大丈夫でしょう」 と言い
僕達は胸を撫で下ろした。が、それから数日経ってもプイプイは恢復せず、逆に衰弱し
ていっているように見える。すぐにまた同じ病院に行き医師に診てもらったが、医師は
プイプイに注射を1本打ち 「順調に恢復していますよ」 と言った。 そして、それから数
日後の夜、プイプイの容態が急変した。もう、大好きな止まり木にも乗ることができず
体を横にしていた。僕たちは必死になって病院はないか調べた。もうあの病院に行く気
にはなれなかった。すると、家から少し離れた所に救急の動物病院があった。すぐにそ
の病院に電話をかけ、容態を告げ、タクシーで向かった。病院に着くとそのまま診療室
に通された。僕たちは医師に今までの経緯を説明した。すると医師は 「診てもらった病
院は何という病院ですか?」 と聞いてきた。僕たちが病院の名を告げると、医師の顔に
一瞬険しい表情が浮かび、プイプイを見つめた。
そして、治療の甲斐も無く、プイプイは死んだ。
僕たちは医師から待合室で少し待つように言われた。もう、ブゥは顔をクシャクシャにし
て泣いていた。やがて医師が診療室から出てきた。手には小さな棺が乗っていた。僕
たちはそれを受け取り、治療代を払おうと財布を出したが医師は 「いや、けっこうです」
と、頭を下げた。 僕たちは病院の外に出た。そして花壇に腰をかけ、そっと棺を開けた
プイプイは綺麗に羽を整えてもらい、真っ白なガーゼに包まれていた。もう、ダメだった。
我慢していたが涙が出てしかたがなかった。
僕は帰りのタクシーの中で、必死で考えていた。(あの時、あの病院にさえいかなけれ
ば) (いや、それよりも、もっと早く俺がプイプイの異変に気づいてさえいれば) 横に座
っているブゥも同じことを考えているに違いなかった。 家に帰るともう、夜中の1時を回
っていた。 ブゥは放心したように棺の中のプイプイを見つめていた。そして、プイプイの
大きな餌袋からスプーンで餌をすくい、「いっぱい食べていってね・・・」 と言いなが
ら棺の中にそっと入れた。 僕たちは、明かりだけつけた静かな部屋で一言も喋らず座
っていた。 するとその時、ガサッと音を立ててプイプイの大きな餌袋が揺れ、つづけて
ロビが大きな声で鳴きだした。ロビは中空を見つめ何かを目で追っていた。明らかに何
かが見えている。無論、僕たちには何も見えなかったが、ロビはそれを追ってトコトコと
歩き出し、 そして天井のある一点を見つめたまま、そこに座り込んでしまった。 しば
らくジッとそこを見ていたが、やがて何事も無かったかのように、こちらに戻ってきてゴロ
ンと横になった。
「いったな・・・」 僕が言った。
「いったねぇ、ご飯いっぱい食べていったねぇ」 とブゥが言い、
僕たちは、また、泣いた。 しかしその涙は、さきほどの涙とは明らかに違う涙であった。
そして、不思議な出来事は、それだけでは終わらなかった。あくる朝、目を覚まし、何
気なく居間にある机の上を見た僕は、急いでブゥを起こしにいった。「おい、これを見ろ!
これ」 起きてきたブゥも机の上を見て 「わぁ」 と言った。
そこには、黄色の綺麗な羽が数枚落ちていた。 その日、僕たちは小さなプイプイの墓
を作った。
7年ほど前の事だが、何とも不思議な出来事であった。
僕の部屋のベランダにはプイプイの墓が今もある。
亀久