前回のようにその日も僕は、満員電車の中にいた。 僕の後ろには、背中合わせになる
形でOL風の若い女性が立っていた。すると、いきなりその女性が [ゲヴォ] という音を発
した。振り向くと気分でも悪くなったのだろうか女性が嘔吐していて、その吐しゃ物が女
性の前に立っていた中年サラリーマンにかかってしまっていた。 (あぁ・・・) 中年サラ
リーマンも災難だなとは思ったが僕はその女性が可哀相に思い同情した。
女性は涙声で 「すみません、すみません」 と、言いながらサラリーマンにかかった物
をハンカチで拭いていた。
やがて女性は、その場の空気に堪えきれなかったのか、しゃがみ込んでしまった。
僕は、(無理もない・・・今日の事はキッパリ忘れ明日からは、1本早い電車か、遅い電
車に乗りなさい。) などと、エラそうなことを思ったりした。 しかし、そんな余裕をぶっこ
いている場合ではなかった。 僕と女性は背中合わせにピッタリとくっついている。そこ
に、女性がしゃがみ込んでしまったものだから僕は、仰け反るような体勢になってしまい
少しでも力を抜くとそのまま女性の上に尻餅をついてしまう危険性があった。だからとい
って 「邪魔だから立ちたまえよ、君ぃ~」 などと、恐らく人生最悪の日だと思っているで
あろう女性に、そんなトドメを刺すようなことは言えるはずもなく、がんばって耐えた。
しかし乗っている電車は特急で終点まで停まらず、あと数十分は乗っていなければなら
ない。
僕はヤバくなると脳内プレイヤーで 【ロッキーのテーマ】 を流し、トレーニングしている
自分を妄想した。 やがて電車は終点に到着し、僕も耐え抜くことができた。
妄想も捨てたもんじゃないな と思った。
亀久
