ここ最近ちまたを騒がせている
猫ひろし。
国籍をカンボジアに変えてまで
オリンピック出場の夢を叶えたのは
私としては感服だ。
様々な批判が飛び交っているが、
何故そこまで皆は批判的なのか?
(賛同の声も多々あるのだが)
カンボジアランナーに対しての同情か?
はたまた、
オリンピックを目指している日本人ランナーへの同情か?
様々な意見があるのは当然だ。
私だって、報道を見ながらカンボジアランナーに同情もする。
ただ、一つだけ言えるのは、
猫ひろしは、どうしてもオリンピックに出たかったのだろう。
だが、素人の私から見ても
猫ひろしの記録では日本代表としての出場は
今の所無理な気がする。
ここで、大抵の人は諦めるか、
もしくはもっとトレーニングを積んで
4年後を目指すか。
このどちらかになるのだろうが、
猫ひろしは
この固定概念とも言えるべき二者択一を
取っ払い、
どうしたらオリンピックに出場できるのかを
ゼロベースで考え直し、
見事にその資格をゲットしたのだと思う。
そもそも、
猫ひろしの例だけでなく、
今の日本だって外資から入ってきたものが
当たり前のように日本を占拠しているだろう。
例えば、どこかの外国の小売業者が
自国では飽和状態になった市場では
生き残れないので
チャンスのある日本に進出する。
それによって、日本で多くのシェアを誇っていた
日本の企業が追いやられていく。
こんな光景って皆が知らないだけ、
あまり報道されないだけで、
日常茶飯事なのではないのだろうか?
その度に、外国の企業は卑怯だとか
日本の企業が可哀想だとか、
言っていたらキリがない。
今、一人のカンボジアランナーが
自らがオリンピックに参加すべく、
自身の記録を持って猫ひろしに
反撃の狼煙をあげた。
政治・産業・スポーツなど
常に私達は戦いの中に身を置いている。
まさに食うか食われるか。
明日は我が身かも知れない。