女子高生が2本の腕を6本分くらい動かして、棚に並んだ紅茶やハーブティーのティーバッグを次々と制服のポケットに押し込みながら、ジンジャーエールにアイスティーを入れたグラスにグレープフルーツジュースを注ぐのを、老人3人は無言でじっと見ていた。
女子高生は同時にあちこちにいる友人たちに向かって喋ってもいる。阿修羅かよ、と心の内で毒づきながらもナカジは彼女たちから目が離せなかった。
それはシュウジやツッタカも同様で、ソフトクリーム機を操作する女子高生は、慣れた手つきで、ドリンクバーで一番大きなコップにフレーバーのパウダーを振りかけながら、みっちりと流し込んでいる。
彼女のポケットというポケットにも、わかめスープの小袋とガムシロップのポーションがぎちぎちに入れられている。
こんなにかすめ取って、ソフトクリームに乾燥ワカメを振りかけて食うのか、と意地悪を言いたくもなるけれど、こいつらなら本当にやりかねないという気もしてくる。
客がまばらなせいか、店内にスタッフの姿もなく、厨房から笑い声が響いてくる。
長く待たされながらも、ナカジたちは出続けるソフトクリームから目を逸らすことができない。グラス丈の倍くらい盛られている。冷たくて重たいだろうに。よく機械も空にならずに出し続けるものだ。
やっと終わったと思ったら、先の女子高生が。ブレンドしたジュースの上にソフトクリームを絞り始めた。
「血糖値」も「中性脂肪」もこの子たちの辞書には載ってないのだろう。ついでに「常識」も。「セルフサービス」はいつから「無法地帯」になったのか。
かなり久し振りのファミレスはナカジに軽めの暗黒世界に入り込んだような錯覚を覚えさせたが、彼女たちの様子には既視感があった。
離婚して戻って来た娘、保奈美と孫の瑠奈、そして娘と孫を擁護する妻の加代子だ。
瑠奈も幼いころはあれだけ可愛らしかったのに、小学校高学年にさしかかった今は、母親そっくりにちゃっかり度合いが急成長している。保奈美も瑠奈も完全に加代子の血筋だ。
ようやく自分たちの順番が回って来て、3人はつつましく1人1つのカップに飲み物を注いで静かにテーブルに戻った。
離れた女子高生たちのテーブルから賑やかな会話が響いてくる。テーブルの上には人数よりも明らかに多いソフトクリームや奇妙なドリンクのほかに、市販の菓子や鏡、化粧品が雑然と置かれている。話の内容までは聞き取れないが、笑い声と驚嘆の声が爆音で、こっちの会話に支障がでるほどだ。
ナカジは昔から“楽しむ”ことが苦手だった。“面白いこと”があまりなく、気難しいつまらない奴とレッテルを貼られることも少なくなかった。
気の利いた会話もできない地味な性格に負い目もあって、彼女らのような女性を目の当たりにすると、次元が違い過ぎてまるで勝てる気がしなかった。なんなら尊敬と羨望の念さえ湧いてくる。
「なんだよ。あれだけやるって決めてたのに」
腰を据えるとツッタカが不服そうに先んじた。
「何言うんだ、お前こそなんだよ。お前、あの沼野っていう女店員に点数稼ぎたくて俺たちを誘ったんだろう。こっちこそ利用されるのはまっぴらだよ」
ツッタカの勢いでシュウジの遠慮も外れた。横からナカジも口を開く。
「本当、あの女にはびっくりだよ。買わせるだけ買わせて、昔みたいにほっぽりだされたらこっちはたまんないよ。なあ」
シュウジが大きく頷いた。
「はあ、何言ってんの? バンドをやるんだろう? 後から電話でも何度も確認したじゃん」
とんだ言いがかりだとばかりにツッタカが座りなおした。
「2人とも楽器を持ってなさそうだったから案内したまでじゃないか。別に伝手があるとか、自分で持っててそれを使うっていうならそれでいいんだよ。あてはあるの? 大丈夫なの?」
言いながら砂糖のスティックを2本一緒に入れ、ミルクも2つ入れてスプーンでぐるぐるかき混ぜている。
「……」
「楽器買うのに楽器屋に行って、何が違うんだよ」
コーヒーをがぶりと飲んで、2人を見た。言葉だけ聞いていれば至極まっとうだ。
「あの女の立ち位地が微妙なんだよ。そもそもどういう知り合いなんだよ」
ナカジが訊いた。
「立ち位置も何もないよ。へんな想像するなよ。ツグミちゃんは同じ立ち飲み屋の常連なだけださ。旦那と別れて、娘を抱えてシングルマザーで頑張ってるから、協力できるときに協力してやろうと思っただけさ。お前らと違ってボーナスもないパートタイマーだから薄給で苦労してるんだよ」
パートであの迫力かよ……。
「でも、なぁ、立ち飲みには来るんだろ。ま、そういうのはなぁ……」
ツッタカの生真面目な勢いにも気が引けてシュウジが言葉を濁した。
「そういえば、お前、新しいのを買うとか言ってたみたいだけど、ずっとギターをやってたんか?」
ナカジが思い出して訊いた。
「ん、あ、まあ、自分のがあるからな。たまにな。触る程度だけどな」
今度はツッタカが身を引いた。軽く目が泳いでいる。
やっぱりか、この怠けもんの格好つけが。同時にナカジとシュウジが肚の中で呟いた。ほんと、昔から変わらないやつだ。
「ま、これからが本当の始まりさ。いいじゃないか、同じようなレベルからの方が。まずはあの頃のリベンジだよ!
青春のビートルズを今に蘇らせてさ、謳歌し切れなかった青春をフィーバーさせるんだよ。お前らだって少なからずあるだろう? 何となく残ってる忸怩たる思いをさ、バンドのシャウトでガンガン昇華させて、今この現実にパワーアップの大きな花を咲かせちゃうんだよ!」
2人の心情もよそに、ツッタカはすぐに自分のペースに戻って熱弁を振るい始めた。他人には理解しがたいだろうが、本人は純粋なのだ。このどこか愛嬌ある突飛な熱情がこの男の欠点であり魅力でもあった。
「今度こそ、マジだぞ」
ナカジが重々しく念を押した。腕組みをしたシュウジもわざと顔をしかめて頷いている。