何ぶん旧仮名ですので、文法や仮名遣いに不備があるかもしれません。ご容赦ください。コメント欄等でご指摘いただければ幸いです。

行きつけなる酒房の儀に見られ上へ向ふ夜行バス乘りき

「エコノミー症候群には氣をつけて」出掛けにジュース二本渡さる

メールへの信せずに携帶の電源切りぬバス發ちをれば

焚身とふ抗議のありし日曜のルミネに想ふ遠き西

南口ルミネ前なる道橋も雨強ければ一瞥し過ぐ

岡谷行きを待つわれは見き友住まう街へ向ひてバス發ちぬるを

寢不足なるバス車内にて『六月風』をめくれる指は腫みてをりき

八ヶ岳を遠く望みて澁滯に連なるバスに立ちてをり

文明が敎鞭執りしとふ諏訪に伊千代子のを訪ねき

戰爭に直向ふいま信念を持ちて生きたし千代子のやうに

先日、田子町へ行った際に車内で詠んだ自由律。現地での用件を終えて帰る途中、師匠光本より第13回未来山脈社新人賞受賞の報せをいただきました。

畦道を渡る風にタニウツギが零れて僕は田植え機を追い越さない
樹々の合間を瑠璃色が充たしホルスタインは欠伸している
トンネルを抜けると長芋畑鳴き終えたコジュリンが横切る
往年の名門牧場も昔語りで引き馬の足許に咲くハルジオン
駐車場に残るサンダル ヤンキーの出っ歯竹槍はブンブンブブン
剣吉を過ぎると東の名久井岳が雲竜型の土俵入りだ
三戸盆地は木陰も暑い案山子の群れに出迎えられる
県境の通信はまだ第三世代そういえば産廃はどうした
ニンニク王国の首都に降り立つとコミュニティバスが欠伸している
赤信号はけたたましく躙られて野火を追い掛ける有線放送


そこは二つの大きな湖の畔にあった自動車産業の街

街はT型フォードを乗り回す若者であふれていた

ラジオからはシュープリームスやジャクソン・ファイブが流れ

高層ビルやアパートメントが次々と空に伸びた

人々は永遠の繁栄を疑わなかったし

確かにその時代、そこは世界の中心だった

 

それから六十年あまりが経って

僕はグーグルマップのストリート・ヴューでその街を見ている

いや、正確には街だった場所と言えば良いのか

昨年の財政破綻でゴーストタウンと化した

僕はモニターで一面の廃墟を眺めている

映画「ロボコップ」の舞台へのヴァーチャルな旅だ

 

地図の中心に十八階建ての巨大な駅舎跡がある

当時街の玄関口として賑わったというが

大陸横断鉄道はもはやその意義を失い

交通や物流は航空機やトラックに置き換わって久しい

路線が廃止されても街には駅を取り壊す予算がなかった

朽ち果てた駅舎は今、文明の墓標として骸を晒している

 

この駅から程近いところに図書館の廃墟がある

駅が廃止になる前の年に火災が発生、全焼したという

当時からこの街は消防も警察も充分に機能しておらず

市は資金難で改修も再建も出来ないまま放置している

焼け焦げた本や教材が打ち棄てられたままの館内を

僕のモニターは映し出している

 

富裕層は三十年も前に街を捨てた

五年前のリーマンショックを機に

サブプライムローンによるフォークロージャーが吹き荒れ

中間層は着の身着のままで追い立てられた

スラムと化した街には黒人の貧困層だけが残っていて

年老いたホームレスが崩れ掛けたスープスタンドに並んでいる

 

この街の住人はほとんどが自動車産業に従事していた

しかし、残された元工員たちは自家用車を持っていない

持ってはいたが、保険が払えず免許を取り上げられてしまった

地下鉄はなく、市営バスは運転手の賃金が払えず運休している

背後で巻き起こる銃撃戦や婦女暴行に目をやることもなく

失業者たちは来るあてのないバスを待っている

 

ウォール街を占拠せよこぶしを振り上げて若者たちが立ち上がる

しかし、その力さえ持たない人たちが

この崩れ掛けた廃屋で無気力に暮らしている

99%対%」というスローガンすら彼らを救うことはない

この街は、かつて人口百八十万人を擁したデトロイト

いわばアメリカン・ドリームの成れの果てだ

 

五十五年前、デトロイトは東京とオリンピックの開催地を争っていた

それはあたかもGM、フォード、クライスラー対

トヨタ、日産、ホンダの覇権争いとも言えた

フォードの新型車エドセルの記録的な販売不振が響いたのか

結果は東京が勝ち、これを機に自動車生産の覇権は日本に移った

その日からデトロイトの人口は急激に減り始めたという

 

僕はストリート・ヴューを閉じ

かつての青森の金融や商業の中心地だった大町通りに目を転じる

去年からバス路線も廃止されて、社会実験線に置き換わった

青森も人口の流出が止まらず、震災以降それは加速した

ベイブリッジではホームレスが身投げのタイミングを見計らっているが
僕の街にはロボコップすらいないのだ

日の丸の小旗は沿道埋め尽くしやや気圧されて叫ぶ反戦

反戦を叫ぶわれらを一顧だにせず粛々と往く第九師団

中韓を成敗せよと叫びつつ日の丸を振る老いた背広は

売国奴と僕を罵るネトウヨをまっすぐに見るプラカード手に

五月晴れのアスファルトには小銃を構えた軍靴の影が灼き付く

表情を持たぬ兵士の銃口は私の胸に向けられている

陽灼けした私服の男に撮影される情報保全隊員だろうか

人影も欠伸している商店街をわれらは歩く折り鶴掲げ

反戦をオープンマイクのイベントで叫んでいます嗤われながら

ファシズムの跫ひびく真夏日はひとり山野に木いちごを摘む

思い出と手をつながずに歩きたい過去完了形の恋があります

海沿いのカーブを曲がるクーペからあなたのリングは鈍く光って

気付かないうちにずいぶん老けましたサイドミラーに映る私は

悪いけど二度と逢わない遠くから祭り囃子が聴こえてきても

もう君と来ることのない講堂にフォーレのレクイエムが響きます

オードリーの弾くチェロの音が名画座の跡地からふと流れて来ます

テラスから海を見ていた昼休み3ケルビンの熱が恋しい

無力だと知る夕まぐれ指先が二つの丘の夢を見ている

水割りをちびちび舐める丑三つにさくらの森を君はさまよう

強がって生きてはいてもこっそりと夢に見ている家庭の灯り