そこは二つの大きな湖の畔にあった自動車産業の街
街はT型フォードを乗り回す若者であふれていた
ラジオからはシュープリームスやジャクソン・ファイブが流れ
高層ビルやアパートメントが次々と空に伸びた
人々は永遠の繁栄を疑わなかったし
確かにその時代、そこは世界の中心だった
それから六十年あまりが経って
僕はグーグルマップのストリート・ヴューでその街を見ている
いや、正確には街だった場所と言えば良いのか
昨年の財政破綻でゴーストタウンと化した
僕はモニターで一面の廃墟を眺めている
映画「ロボコップ」の舞台へのヴァーチャルな旅だ
地図の中心に十八階建ての巨大な駅舎跡がある
当時街の玄関口として賑わったというが
大陸横断鉄道はもはやその意義を失い
交通や物流は航空機やトラックに置き換わって久しい
路線が廃止されても街には駅を取り壊す予算がなかった
朽ち果てた駅舎は今、文明の墓標として骸を晒している
この駅から程近いところに図書館の廃墟がある
駅が廃止になる前の年に火災が発生、全焼したという
当時からこの街は消防も警察も充分に機能しておらず
市は資金難で改修も再建も出来ないまま放置している
焼け焦げた本や教材が打ち棄てられたままの館内を
僕のモニターは映し出している
富裕層は三十年も前に街を捨てた
五年前のリーマンショックを機に
サブプライムローンによるフォークロージャーが吹き荒れ
中間層は着の身着のままで追い立てられた
スラムと化した街には黒人の貧困層だけが残っていて
年老いたホームレスが崩れ掛けたスープスタンドに並んでいる
この街の住人はほとんどが自動車産業に従事していた
しかし、残された元工員たちは自家用車を持っていない
持ってはいたが、保険が払えず免許を取り上げられてしまった
地下鉄はなく、市営バスは運転手の賃金が払えず運休している
背後で巻き起こる銃撃戦や婦女暴行に目をやることもなく
失業者たちは来るあてのないバスを待っている
ウォール街を占拠せよとこぶしを振り上げて若者たちが立ち上がる
しかし、その力さえ持たない人たちが
この崩れ掛けた廃屋で無気力に暮らしている
「99%対1%」というスローガンすら彼らを救うことはない
この街は、かつて人口百八十万人を擁したデトロイト
いわばアメリカン・ドリームの成れの果てだ
五十五年前、デトロイトは東京とオリンピックの開催地を争っていた
それはあたかもGM、フォード、クライスラー対
トヨタ、日産、ホンダの覇権争いとも言えた
フォードの新型車エドセルの記録的な販売不振が響いたのか
結果は東京が勝ち、これを機に自動車生産の覇権は日本に移った
その日からデトロイトの人口は急激に減り始めたという
僕はストリート・ヴューを閉じ
かつての青森の金融や商業の中心地だった大町通りに目を転じる
去年からバス路線も廃止されて、社会実験線に置き換わった
青森も人口の流出が止まらず、震災以降それは加速した
ベイブリッジではホームレスが身投げのタイミングを見計らっているが
僕の街にはロボコップすらいないのだ