天:25、露光る敷石ひとつ踏みそこね確ときめたる思ひが揺らぐ
何を「確ときめた」のか、この歌では明らかにはされていませんが、おそらく人生に関わる重大なことだったのでしょう。「露光る」とありますから、時制は朝でしょうか。夜通し考えて結論を出したにも関わらず、敷石に滑ったのをきっかけにその結論が揺らいでしまう。この歌は上句の描写が秀逸です。
地:69、トラックに壊されしねぶたのむくろ見ゆ鮮やかなりし色の哀しさ
ご存知の方も多いと思いますが、私はとある大型ねぶた運行団体の人間ですから、この歌には特別惹かれるものがありました。運行を終えた翌日、八日は小屋の撤収作業が行われ、その際に賞を得られなかったねぶたは全てユンボで解体されます。私は毎年その瞬間に立ち会いますが、実にさびしいものです。ただ、結句「哀しさ」が少し言い過ぎですし、上句の韻律にも難があります。その分割り引かせていただき、地という評価をいたしました。
人:14、夏の夜に明るい雨の降る日です昨日のわたしを捨てられそうな
外の天気の描写から視点が変わり、下句では心象詠となっています。昨日の私がどうだったのか、これは上句から類推するよりありませんが、具体的なエピソードは省かれています。その点で、若干天地の歌よりは薄味かもしれません。もう少し「昨日のわたし」を知りたいところです。
秀逸:24、絶滅の危惧に触れつつうなぎ屋の暖簾をくぐる人ら明るし
うなぎの資源減少について詠まれた時事・社会詠の類です。絶滅に瀕したうなぎでも、食べたい衝動を抑えきれない人間の業が浮かび上がります。ただ、この歌からは主人公が店内にいるのか、外で傍観しているかは見えてきません。そこが残念でした。でもこの詩形ではこれが限界でしょうか。
秀逸:29、しゃぼん玉四つ五つと飛び立ちてパチッと弾け蝶おどろかす
一読絵の見える歌です。さりげない様子を良く捉えられました。ただ、「パチッと」はやや表現として砕けすぎたきらいがあります。実際そう言う音は出ないわけですから。擬音・擬態語の扱い方は難しいですね。
秀逸36、海底のトンネルの闇押し寄せる魚とヒトの蒼い哀しみ
トンネルを列車が通過するとピストンのように海底の闇が押し出されていく。それは海峡に棲む魚や、対岸に別れて住む人間の哀しさをも運ぶ、という意味でしょうか。着眼点が面白いですが、やや色に寄りかかり過ぎかもしれません。蒼い闇が、必ずしも哀しみを意味するとは限らないからです。
秀逸64、死の灰を浴びし漁夫の沈黙は六十年いま秘文明かさる
NHKスペシャルで先日放送されましたね。ビキニ環礁で被爆したマグロ漁船は、第五福竜丸だけではなかったということ。被爆体験を漁師たちはいままでその事実を明らかに出来ず、苦しい思いをされました。いい歌ですが(りょうふ)は本来(ぎょふ)と読むのが正しいですし、「秘文」はやはり「秘密文書」と表記したいところです。
秀逸:59、麦わら帽目深に墓の草を引く眠れる父に寄り添いながら
なぜ主人公は「麦わら帽を目深に」かぶるのか、お盆と云う季節的なことだけではなく、おそらく泣いているのかもしれませんね。もしかすると亡くなったばかりなのでしょうか。歌としては完成されていますが、やや類型が多いようです。そこを割り引きました。
以下、佳作は番号のみ申し上げます。
1、8、11、15、19、27、31、35、37、65番です。
(当日の全首評より担当区間19~27)
19、ボリュームをあげて烏賊売る軽トラック朝の扉を開きつつ来る
佳作にいただきました。夏の朝の風景が描かれていますが、下句はややありきたりな着地点かと思いました。もう少しひねるか、さもなくば写実に徹するかのほうが良かったと思います。
20、うさぎ座の兎と二円の雪兎ならべて貼りし友からの文
消費税値上げによって、かつての80円切手、50円切手はそれぞれ2円切手を貼ることになりました。着眼点は良いのですが、以前うちのグループで出された歌に類型がありまして、残念ながらそれを超えませんでした。
21、美少女の美術史展を気乗りせず訪えばいつしか惹きこまれゆく
先日まで県立美術館で行われていた「美少女の美術史」展を詠まれました。ちなみに現在は静岡で行われております。短歌関連では、穂村弘さんの「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」のイラストを手掛けたタカノ綾さんも出品されていました。この歌は主人公がなぜ「惹きこまれた」かの描写に欠け、ただの報告になってしまったことが残念です。
22、大平のストーンサークル間近には北海道新幹線線路造られてゆく
ストーンサークルと新幹線、二つの歴史の隔たりを表現されたのでしょう。着眼点は良いですが、事実の報告から抜け出せていない印象です。また、字余りの下句にももう少し工夫の余地があるでしょう。
23、担ぎ屋の訛声とびかう日本一長いホームも 杳きまぼろし
青森駅ですね。改札から乗車までのアプローチが長いですから、当時は担ぎ屋さんの需要も大きかったのでしょう。気になったのは、結句がやや安易なのと、その前の字空けです。これは必要ありませんね。
26、主治医より母の病状の告知あり確と受け止め施設を出づる
重大な告知だったのでしょう。私も母を看取った経験があり、思いを敢えて控え目に表現されたことには共感できますが、上句のリズムの渋滞がやや引っ掛かります。「母の病状の」と言うところです。「告知」とあれば「病状」は不要かと思います。また下句はやや説明調と言えるかもしれません。
27、いくつかの雨かんむりの字をかけば雫したたるかすかなけはひ
佳作にいただきました。雰囲気を含めてとてもいい歌ですが、主人公が雨かんむりの文字を書く必然性が良くわかりません。そこをもう少し読み取る手掛かりがあれば、もっと上位に採ったと思います。
時間の関係でいささか駆け足の評になり、申し訳ありません。お許しください。以上で私の評は終わります。ありがとうございました。