先日大学に入学したてホヤホヤの学生とした話をご紹介します。
学生たちが
「高校までの勉強がしんどかった」というので、
「何でやと思う?」ということから始まった。
高校までで習うことは、ほどんどが「演繹能力」だ。
演繹というのは、すでに見つかっている法則やルールをまず覚え、それを使ってたくさんの問題を解くという。という能力。
これに対し、いろんな問題にぶつかる中で、情報を集め、そこからある法則を見つける能力を「帰納」という。
本来動物はこれが得意なはず!
例えば、ケバケバしい色や何か変な匂いの草を食べてお腹が痛くなる経験を繰り返すうちに
「あーこのての草には毒があるんやな」と法則を見つける。これが帰納。
そして、「こんな草には毒があるからね」と教えられて、その法則に従って草を選ぶこと。これが演繹だ。
人間界にはこうして見つけられた法則(定理など)が山ほどある。
見つけた法則は、どうしても子孫に伝えたいと思いますよね。
同じ経験をしなくても、知っているとお得よー。と。
高校までにまずこうしたすでに見つけられた法則をバンバン教え込まれます。
だから、演繹ばかりをやることになる。
これだからしんどくなるのだ。
一方、大学では、実験や調査、実体験などをして情報をあつめ、いままでだれもみつけなかった法則を見つける!ということをする。つまり帰納的研究だ!
おそらく脳は、演繹と帰納をバランス良く行うほうがきっと喜ぶ。
学生諸君学びながら好奇心を持って研究するのだ!
ところで、我が家の好奇心の塊、パンチくん(3歳)は、この連休中も両方の実家でじいじやばあばから、ぶーぶー(ミニカー)をもらい、嬉しげに走らせている。
パンチくんはミニカーを走らせ、その姿を真横から見るののがお好み。
だから、いつも腹ばいになり、ふっくらほっぺを床にぺったりくっつけて、走らせる。
どうやら、タイヤが転がる様子をじーーと観察しているらしい。
将来は、物理学者かなぁ?
学生たちが
「高校までの勉強がしんどかった」というので、
「何でやと思う?」ということから始まった。
高校までで習うことは、ほどんどが「演繹能力」だ。
演繹というのは、すでに見つかっている法則やルールをまず覚え、それを使ってたくさんの問題を解くという。という能力。
これに対し、いろんな問題にぶつかる中で、情報を集め、そこからある法則を見つける能力を「帰納」という。
本来動物はこれが得意なはず!
例えば、ケバケバしい色や何か変な匂いの草を食べてお腹が痛くなる経験を繰り返すうちに
「あーこのての草には毒があるんやな」と法則を見つける。これが帰納。
そして、「こんな草には毒があるからね」と教えられて、その法則に従って草を選ぶこと。これが演繹だ。
人間界にはこうして見つけられた法則(定理など)が山ほどある。
見つけた法則は、どうしても子孫に伝えたいと思いますよね。
同じ経験をしなくても、知っているとお得よー。と。
高校までにまずこうしたすでに見つけられた法則をバンバン教え込まれます。
だから、演繹ばかりをやることになる。
これだからしんどくなるのだ。
一方、大学では、実験や調査、実体験などをして情報をあつめ、いままでだれもみつけなかった法則を見つける!ということをする。つまり帰納的研究だ!
おそらく脳は、演繹と帰納をバランス良く行うほうがきっと喜ぶ。
学生諸君学びながら好奇心を持って研究するのだ!
ところで、我が家の好奇心の塊、パンチくん(3歳)は、この連休中も両方の実家でじいじやばあばから、ぶーぶー(ミニカー)をもらい、嬉しげに走らせている。
パンチくんはミニカーを走らせ、その姿を真横から見るののがお好み。
だから、いつも腹ばいになり、ふっくらほっぺを床にぺったりくっつけて、走らせる。
どうやら、タイヤが転がる様子をじーーと観察しているらしい。
将来は、物理学者かなぁ?