また起きちゃいました昇天


WISCをタイトルに入れたせいか昨日のめっちゃ読まれてるぅ!


色々記事が渋滞してますが就学相談とか重すぎるテーマでなかなかスマホでは書けません。
というわけで緩い自分語り。
でも、結構重いかも。

今思い返すとそこそこASDとADHD強めでギリギリ不登校ラインを生きてきたと思います。
何で、どうにかなったんだろうと思った時にふと気づいたのがあだ名の存在でした。

私の名前を仮にかろ田まり子とします。

幼稚園の頃はまりちゃんって呼ばれてたかな。
よく遊ぶ子が1人だけいました。
小学校も3年くらいまでその子が居て途中で転校でいなくなりました。
その後の私は中学3年まで、かろ田さんでした。
この時代が孤独で一番キツかったです。

高校に入ると変な数学やコンピュータ好きの先輩達がめっちゃ構ってくれました。
なんか頭良くて浮世離れした女の子だったんでしょうね。
当時は祖母のお下がりのオーダーメイドのロングスカートを日替わりで着てました。
そこから、お嬢とか元の名前の原型とどめてない、なの嬢みたいな呼ばれ方をし始めました。
これが急速に先輩や同級生に広まったんですよね。
なのー!とかなのちゃんとかなのじょとか皆んなそれぞれの個性で好き勝手呼んでくれて、そこへの安心感が半端なかったです。


今この安心を理論的に解析します。
あだ名って、つける人が居て呼ばれる側もそれを受け入れて、っていう短いけど一定の通信開始プロトコルが発生するんですよね。
そして、あだ名で呼ぶということは既に関係性が構築されていて、相手の情報を多少持った状態で通信できる。
人の顔が認識できず、声認証などを手がかりにコミュニケーション取ってきた私にとって、初手が多様なあだ名で呼ばれることの有り難さは今思うと計り知れないものでした。

大学の時は有象無象な、つまりあだ名で私を呼ぶことのない、男子たちの中に放り込まれました。
幸い同じ語学クラスのもう一人の女の子が、まりちゃんって呼んでくれて、彼女の名前(オランダ系とか中国系とか混ざった複雑な)の正しい呼び方も教えてくれて、あだ名外交を細々と続けました。

理学部に進学してからの男子はコミュニケーションが取れて、というのも、かろちゃんっていうこれまた呼びやすいあだ名をつけてくれた男子が居たんですよね。
今更ながらその子に感謝。
このあだ名も急速に学科内に広まり、私のあだ名で満たされた生活第2弾がスタートしました。

そして、大学院。
仲の良い女子グループができて、というか女子がやっぱり少なかったのでそこのコミュニティができて、私のあだ名は気づいたらかろ様になってました。
私だけじゃなくて全員苗字2文字に様付きで呼んでた爆笑

最近はよく考えると私のことをあだ名で呼ぶ人は職場にいません。
ただのかろ田さんです。
これはあまり私的に健全な状態でないと気づいてしまった魂が抜ける


が!
そこで!
このアメブロですよ。
気づいたら、かろまりさんとして色んな人と交流できてる。
ここには私の背景含めて理解してあだ名で呼んでくれるコミュニティがあるんです。


ありがたやーーーーーーーよだれ


たぶん深層心理で理解してたのでしょう。
子供の名付けはあだ名がつけやすいかで決めてます。
夫なんか高校で先輩のお姉さんにチヤホヤされてましたけど、あだ名なくて苗字のみ呼び捨てでしたからね。
めっちゃあだ名つけにくい名前なんですよ。
なので子供はあだ名重視。
保育園とかで他のお母さんが立派な名付け理由を説明されるなか、私だけ、こういうあだ名で呼びたいからこの名付けしましたって説明します。

息子も苗字で呼ばれるよりあだ名で呼ばれる方が好きそうですにっこり



蛇足。
geminiに上記を突っ込んだところ、「​あなたのこのアプローチ(あだ名=認知負荷を下げる暗号化キー)は、既存の心理学や当事者研究の言葉を使えば**「認知的資源(脳のリソース)の節約戦略」および「関係性の構造化による安心感の獲得」**として完全に説明がつきます。」って返ってきました爆笑