カズオ・イシグロ著

「わたしたちが孤児だったころ」読了

 

文庫版ながら厚みがあり

なかなか読み応えありました

 

時代や時間が行ったり来たりするので

理解が追いつかないことも多く

話の筋が見えなくて

途中停滞もしましたが

中盤から後半は一気に読み切った

 

小説の内容にも触れるかもなので

未読でこの作品をこれから読む予定の方は

この後は読まない方が良いかも

 

まず

読んでよかった作品

そして

泣けた

なにゆえ?

母を思う子の心

母を求める子の彷徨と成長

子を思う母の心と

犠牲をもいとわない強い母の姿

 

沈着冷静で頭脳明晰な主人公の私立探偵

てっきりわたしは

探偵小説として

難解だったり残虐だったりの事件を

残された痕跡や関係者の心理などを

丁寧に解きほぐしてゆく過程を追いながら

解明解決へと導く様と

主人公の成長や葛藤などが描かれているのかと

頭から思っていたので

肩透かし感は否めない

 

あれ?事件は解明されたけど

どうやって?

この次の事件が本命でそこからか?

そんな疑問と期待を抱きつつ

読み進めるのだけど

一向に事件の詳しい描写には至らない

悶々としつつも

ゆっくりページをめくってゆく

途中で嫌にならなかったのは何故だろうと考えると

事件の解決よりも

主人公の現在と過去にある社会や時代の背景が

仔細に描かれていて興味深くて

好奇心がそそられるから、か

 

上海租界の子供時代は日中戦争勃発の頃

イギリスのアヘン貿易

租界と中国との暮らしの格差

主人公の幼馴染み日本人アキラ

イギリス社交界を軽やかに時に激情も見せ強かに渡る美女

 

現実と記憶で時代を行ったり来たりしつつ

イギリスと上海を舞台に生きる主人公

行き着く先はどこなのか?

少年時代に残された未解決の大事件を

大人になった自らの手による解明目前に

中国軍と日本軍の市街戦に巻き込まれ

冷静さを失ってゆく主人公の姿は

あまりに痛々しく無様でさえあるのだが

なにが彼をそうさせるのか?

それでもなお

差し迫る危険もかえりみず

あたかも自ら破滅の淵に飛び込むかの如く

迷路のような貧民窟を進む彼の背中を押すのは何か?

旧友アキラとの再会、彼はアキラなのか?

行方不明になった父母はもう目前なのに

手が届かないもどかしさ

 

そしていよいよ

彼にとって人生最大の謎であり試練ともなった

未解決事件の全容が紐解かれることになる

多大なる犠牲を払った結果

 

機能不全な家庭で育った子供は

大人になっても親への想いを断ち切れず

自分の人生を歩めないことがままある、と

かつて世話になった精神科医が言っていた

 

物理的には原家族から離れ海外へ行っても

内情では常に親のことが頭から離れず

親を自分に取り戻すことに必死になっているものである

逆に

親からの情愛をたっぷり注がれて育った子供は

安心して親離れをして自立するものだ、とも

 

わたしはこのことを思い出した

 

そして自分の姿に重ねあわせる

愛着障害とは

親を求める子供とその求めに応じられなかった母の形だった

だからといって

わたしは愛されていなかったわけでなかった

母はわたしの求めとは別の形でわたしに愛情を注いでいたことが

見えてきた

ぽろぽろとこぼれた涙が頬に温かい

頑なに凝り固まった気持ちがほぐれてゆく

 

読後も気になった小説の中のいち風景

戦闘に巻き込まれた中国人一家

残されたのはひとり幼い女の子と傷ついた一頭の犬

助けを求められた主人公はできることがないまま

日本軍兵士たちに取り囲まれた

主人公は日本軍に連行され

場面は切り替わる

 

残されたあの女の子と飼い犬はどうなったのだろう

なんで主人公はあの子を保護できなかたっかのか

日本鬼子(リーベンクイズ)と恐れられ

大日本帝国軍兵士による中国本土での残虐非道な振る舞いの数々が思い起こされる

無事であってほしいと願うも

そうならなかったであろうことは頭ではわかるが

あまりにも受け入れ難い結果に思考はフリーズする

 

歴史に向き合わない日本人に課された宿題だろうか