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十日目~
ウブド滞在中に、サヌールやデンパサール、レンボガン島に行ってみようかなという気持ちも湧いたんだけど、ウブドの居心地が良すぎて結局ずっとウブドにいた。
だから、リゾート的なものは全然味わってない。
日本に帰る2日ほど前にクタに戻り、またゼットインに投宿し、のんびり過ごした。
お土産を買ったり、写真を現像に出したり。
しかしその写真なんだけど、俺はなぎさと同じくスーパーノバで現像に出した。すると、なんと80枚くらいの珠玉の写真たちがほとんどダメになってしまった。
店員に聞くとなぎさの時と同じ理由で、フィルムがダメになっていたとか。もうこれには落ち込みまくりだった。
ということで、このバリ島日記にはほとんど写真が出てこなかったのです。
あとはかなり気合いを入れて肌を焼いたりもした。
一度ビーチでイミテーションのタトゥーを勧められ、別にタトゥーに興味はないんだけど記念に入れてみたり。

そして夜になると、またゼットインのロビーでみんなと話していた。
ただ、フランクリンやペトラスがもういないのは少し寂しかったね。
そうそう、ルディに再会したとき、面白いことを言われた。
「…コウジ……インドネシア語の喋り方がオカマになってる!」
というのは、俺がウブドで一番話していたのはプトゥという女の子。その喋り方がうつってしまったのか、発音の仕方が女の子っぽくなってしまっていたらしい。
例えば、ありがとうを俺は「テリマカシー」と言うけど、ルディがいうには、男は「テリマカシッ」て力強く言うらしい。
くれぐれも俺はオカマではない。女の子が大好きだ。
しかしこのルディとは本当にいろいろと話しをした。
ゼットインで働きだす前は漁師をしていて、その時の夜の漁の話しだとか。海面を満月が照らす様はめちゃくちゃ綺麗だったと言っていた。
月給200万Rpだったとか、今は給料は安いけどゼットインの仕事は楽しいだとか。
それにお土産購入にも付き合ってくれて、現地人の特権でだいぶ安く買うことが出来た。お礼にご飯をおごったり。
こうやって、ゆるやかに時間は過ぎていった。
――そして、バリ島最後の夜。
深夜には飛行機で日本へと向かうので、実質残り数時間という状況だった。
俺は相変わらずゼットインのロビーで、ルディやグディたちとだらだら話しながら過ごしていた。
グディや他のインドネシア人はテレビに見入り、ルディは相変わらず弦の2本足りないギターをポロンポロンと単音で弾いている。
居心地のいい、いつもの光景だ。
俺は何を喋っているのか分からないテレビを見ながら、タバコに火を点けた。
そして、ぼんやりとこの旅のことを考えた。
旅立ち前の心情や、バリ島に来てからの不安感やホームシック、はたまたトラブルなどを鑑みれば、今こうして二週間経過したなんて信じられない。
バリ島なんて別に行きたくないなと思った出発の朝、到着早々帰りたいなと思ったデンパサール空港、死の予感さえしたタクシー運転手。そういったものが一気に思い出されて、そのときの気持ちと今とはすごく違うことに気づいた。
ご飯屋さんの女の子たちや、プトゥとおばちゃん、道端のいかつい兄ちゃん、小学校の子供たち、グラウンドの少年たち、それぞれみんなの笑顔が浮かんでは消えていった。
そして今まわりを見れば、ルディにグディがいる。
このロビーがこんなに居心地がよくなかったら、俺の旅なんて始まっていなかったかもしれない。
そこで俺は、唐突に思った。
「あー、俺全然日本に帰りたくないわー」
気づけばそれは声に出ていた。
近くに座っていたルディが相づちを打つように、「帰りたくない?」と言った。
「うん。帰りたくないなぁ。バリ島はすごい良いところやなぁ。ずっと居たいわぁ」
俺は思ったことをそのまま言った。
ルディは少しうなずくと、またポロンポロンと弦を弾(はじ)いた。
テレビからは元気よく喋るインドネシア人の声が流れ、俺はふぅーっとタバコの煙を吐き出した。
すると、ルディの弾くギターの音が少し変わった。
それは単音ではなく、弦が足りないにも関わらず和音だった。
心地よいメジャーコードの音色が響きわたり、ルディは唐突に歌い始めた――
汽車をまつ君の横で僕は
時計を気にしてる
季節外れの雪が降ってる
東京で見る雪はこれが最後ねと
寂しそうに君は呟く
なごり雪も降るときを知り
ふざけすぎた季節の後で
今 春が来て君は
きれいになった
去年よりずっと
きれいになった
――それはなごり雪だった。
つたない日本語と壊れたギターで、ルディは歌った。
これは男と女の別れの曲なんだけど、なぜかこの場面にピッタリなように思えた。
それは男女に限らず、また人同士にも限らず、いろんな物事が出会っては別れての繰り返しだから。
そのせつなさに対して、なごり雪がピッタリだった。
『一期一会』
そんな言葉が俺の胸に響く。
次にいつバリ島に来るのかなんて分からない。
ひょっとしたらこれが最後かもしれない。
未来は限りなく不確かだ。
これって、さよならだけが人生、ってやつなのかもしれないなと思った。
けれど、1つだけ間違いなく言えることがある――
『俺はバリ島が大好きだ』
おわり