「真景累ヶ淵」(その15・完) | カクザンのブログ(岡山市の親子将棋教室)

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子どもたち、保護者の方に、将棋の楽しさ・魅力をお伝えします。次回教室は高島教室が8/4(日)、津山おもちゃ図書館将棋教室が8/4(日)の予定です。また岡山県こども将棋教室臨時交流戦は8/12(月・振休)に開催予定です。

カクザン:お賤の母親であるお熊によって、因縁が明かされました。新吉とお賤とは腹違いの兄妹、そして土手下の甚蔵も同じく腹違いの兄弟だったわけですね。

テガタ:どうもすべては新吉の父親である深見新左衛門がだらしなかったため、関係者が悲惨な目にあるという感じじゃな。そういう因縁ばなしということなのじゃろう。

カ:しかし、主役の新吉がここで死んでしまいました。あと1話残っているんですよね。

テ:この噺は、円朝師以外の演者が連続ものとして口演する時には、何回か前の「聖天山」のところで切ることが多かったらしい。それを晩年の桂歌丸師が約100年ぶりに「お熊の懺悔」のところまで口演して話題になったんじゃ。そうすることで、新吉とお賤についての結末が明らかになるからな。ただし、歌丸版は主人公は新吉だけで、お隅さんも惣吉も花車も出てこない。ワシはそこが惜しゅうてのう。

カ:100年も高座にかかっていなかったんですか?

テ:正確なことは分からんようじゃな。結構ええ加減というかw

カ:今回はいよいよ最終回ですね。

テ:今年の夏は特に暑かったんで、怪談ばなしで涼むというのもなかなかエエもんじゃったのではないかなあ。

カ:終わってみればあっという間でしたね。それではどんな結末が待っているのでしょうか。最後までお楽しみください。

 

15.惣吉の仇討ち

8月18日、宗観は藤心村の観音堂の住職・道恩に出立のお願いをした。

 

宗観「旦那様には永々ご厄介に相成りましたが、私は羽生村へ帰りとうございます」

道恩「ウン、どうも貴様は剃髪する時も厭がったが、出家になる因縁が無いと見える。何故羽生村へ帰りたいか・・・」

宗観「私は兄と姉の敵が討ちとうございます」

道恩「これ、・・・敵討という心は悪い心じゃ、その念を断ち切らんければいかん、執念してあくまでも向こうを怨むには及ばん、・・・人を殺した悪事の報いは自滅するから討つがものは無い、己と死ぬものじゃからその念を断つとこが出家の修行で、あくまでも怨む執念を断らんければいかん、それに貴様はいくつじゃ、・・・相手は剣術遣じゃないか、みすみす返り討になるは知れている、出家を遂げればその返り討になる因縁を免れて、亡くなられた両親や兄嫁の菩提を弔うが死なれた人のためじゃ、え」

宗観「・・・この頃は毎晩兄さんや姉さんの夢ばかり見ております、昨夜も兄さんと姉さんが私の枕元へ来まして、新吉が敵の隠家を教えて知っているのに、お前がこうやってべんべんと寺にいてはならん、兄さんも姉さんも草葉の陰で成仏することが出来ないから敵を討って浮かばしてくれろと、ありありと枕元へ来て申しました、・・・どうか両人の怨みを晴らしてやりとうございます。」

道恩「いやいやそんならば無理に止めやせん、皆因縁じゃからそれもよかろう、・・・しっかりした助太刀を頼むがよい・・・」

宗観「親父の時に奉公をしたもので、今江戸で花車という強いお相撲さんが有りますから、その人を頼みますつもりで」

道恩「もしその花車が死んでいたらどうする、・・・人間の命ははかないものじゃが、ああ仕方がない、往くなら往け、じゃが首尾好く本懐を遂げて念が断れたらまた会いに来てくれ」

 

道恩は実の親子のような心持ちで、小遣いを持たせて宗観を出立させた。羽生村に着いてみると、実家は空家になってしまい、石田作右衛門が名主役をつとめ、奉公人だった多助爺は北阪の村はずれの堤下に独身生計(ひとりぐらし)をしていた。

 

宗観「多助さん多助さん、多助爺やア」

多助「あい、なんだ坊様か、今日はちっとべえ志が有るから、銭いくれるからこっちへ這入んな」

宗観「修行に来たんじゃアない、お前は何時も達者で誠に嬉しいね」

多助「誰だ誰だ」

宗観「はいお前忘れたかえ、私(わし)は惣吉だアね、お前の世話になった惣右衛門の倅の惣吉だよ」

 

嬉し涙に泣き沈みようよう涙を拭いながら、

多助「能くまア来て下せえやした、本当に見違えるように大きくなったね」

 

これまでの敵が全て知れ、残るは安田一角だだ一人となったことを報告し、多助と2人で江戸へ行って花車の助太刀を頼むことに。花車は出世をして、今では二段目の中央(なかば)まで来ているので、師匠の源氏山もなかなか出したがらなかったが、かつて奉公をした主人の敵討ちだからという花車の義に依っての頼みに師匠も折れた。

 

宗観、多助、花車の一行が、かの五助街道へ掛かったのが10月中旬過ぎた頃。日暮れ近く、空はどんよりと曇っている。傍の方をみると何やら白いものが動いているが、遠くてよく分からない。

 

花車「ハテナ、白い物がこっちへ転がってくるようだが何だろう、多助さん先へ立っていきなよ」

多助「冗談いっちゃアいけねえ、あの林の処に悪漢が隠れているかもしれねえから、お前さん先へいってくんねえ」

といいながら、やがて3人がかの白い物の処へ近づいてみると、大杉の根元の処に一人の僧が素裸にされて縛られていた。

 

花車「憫然(かわいそう)に、・・・お前さん泥坊のために素裸にされたのですか」

僧「はい、災難に遭いました、木颪まで参りまする途中でもって、馬方がここが近いからというてここを抜けて参りますと、悪漢がでましたものじゃから・・・、どうもこうも寒くってなりません、お前さんたちも先へ往くと大勢で剥がれるから、後ろへお返りなさい」

花車「なにしろ縄を解いて上げましょう、貴僧は何処の人だえ」

僧「有難うございます、私は藤心村の観音寺の道恩というものです」

惣吉「え、旦那様か、飛んだ目にお逢いなされました」

 

思わぬところで道恩住職と惣吉が再会を果たす。道恩は多助が人家のあるところまで連れていくことに。2人の姿が見えなくなると、樹立の間から2人の悪漢が出てきて、「手前たちは何だ」。

花車「はい私どもは安田一角先生がここにお出でなさると聞きまして、お目にかかりたく出ましたもので」

 

2人の悪漢は互いに顔を見合わせ、林の中へ這入って一角にこの由を告げた。一角は心の中で、己の名を知っているのは何故か、ことに依ったら花車が来たかもしれないと思い、油断せずに遠くから様子をうかがっていると、子分が出て、「やい、手前は何者だ」。

花車「いえ私は花車重吉という相撲取でございますが、先生は立派なお侍さんだから、逃げ隠れはなさるまい、たしかにここにいなさる事を聞いてきたんだから、尋常にこの惣吉様の兄さんの敵と名乗って下せい・・・。」

 

悪漢どもは、ああかねてから先生から話のあった相撲取はこいつだなと思い、すぐに一角にこのことを告げた。

 

安田一角「そうか、よいよい手前たち先へ出て腕前をみせてやれ」

 

悪漢どもも相手は相撲取りだから力は強かろうが剣術は知るめえから引包んで餓鬼もろとも討ってしまえとまず4人ばかりそこへ出てきたが、「尊公先へ出ろ」「尊公から先へ」とゆずり合っている。「じゃア4人一緒に出よう」と4人均しく刀を抜きつれ切ってかかる。花車は傍らにあった手頃の杉の樹を抱えて総身に力を入れ、ウーンと揺すり、杉の樹はモリモリとねじり切られ、花車はそれを持ち直して、「この野郎ども」といいながら杉の幹を振り上げた。恐れて悪漢どもは皆近寄ることができない。花車は力にまかせて杉の幹をピュウピュウ振り回し、2人を叩き倒した。一人が逃げにかかるところを飛び込んで打ち倒し、一人が急いで林の中に逃げ込んだので後を追っていくと安田一角が野袴をはいて、長い大小を差し、長髪に撫で付け、片手に種子島の短銃(たんづつ)に火縄を巻き付けたのを持って現れた。

 

安田一角「近寄れば撃ってしまうぞ、速やかに刀を投げ出して恐れ入るか、手前は力が強くてもこれでは仕方があるめえ」

花車「卑怯だ卑怯だ」

と相撲取りが一生懸命に怒鳴る声が木霊してピーンと山間に響いた。

 

花車「手前も立派な侍じゃアねえか、斬り合うとも打ち合うともせえ、飛道具を持つとは卑怯だ、飛道具を置いて斬り合うとも打ち合うともせえ」

 

一角もうっかり引き金を引くことができず、脅しのために花車の鼻の先へねらいを付けている。進退きわまった花車は只ウーンウーンと唸っている。多助はかの道恩を送っていきせき帰ってきたがこの体をみて驚いてブルブル震えている。

 

すると、天の助けで、時雨空の癖として、今まで晴れていたのが俄にドット車軸を流すばかりの雨になった。生い茂った木の葉に溜まった雨水が固まってダラダラと落ちてきて一角の持っていた火縄に当たって火が消えた。一角は驚いて逃げにかかるところを花車は火が消えればもう百人力と飛び込んで無茶苦茶に安田一角を打ち据えた。これを見た悪漢どもは「それ先生が」と駆けだしてきたが、側へは進めない。

 

花車「この野郎ども傍へ来やアがるとひねり潰すぞ」

 

この勢いに驚いて悪漢どもは逃げていってしまった。

 

花車「サア惣吉様遣っておしまいなせえ、多助様、お前助太刀じゃアねえかしっかりしなせえ」

 

惣吉は走り寄り、

惣吉「関取誠に有難う、この安田一角め兄さん姉さんの敵思い知ったか」

多助「この野郎助太刀だぞ」

と惣吉と2人で無茶苦茶に突くばかり、そのうち一角の息が止まると、2人ともペタペタと座って暫くは口がきけなかった。花車は一角のたぶさを取り、拳を固めてポカポカ打ち、

花車「よくも汝は恩人の旦那様を斬りやアがった、お隅様を返討にしやアがったなこの野郎」

 

悪漢の同類は皆ちりぢりに逃げてしまったが、その村の名主へ訴え、名主からまたそれそれへ訴え、だんだん取り調べになると、全く兄姉の仇討に相違ないことが分かり、花車は再び江戸へ引き返し、惣吉は16歳の時に名主役となり、惣右衛門の名を相続し、多助を後見とした。

 

花車が仇討の時に手玉にした石へは花車と彫りつけられ、花車石として今に下総の法恩寺に残っているという。

 

 

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