今朝は、うっすらと富士の御山が姿を見せています。

何となく、気分が良くなります。

「在る」富士が、確かに、そこに在ります。

 

確かに「在る」のに、見えない存在になってしまう。

癌患者の一人ひとりの意思は、確かに「在る」のに、患者自身には、

確かめず、医師や著述業の人が、今の流行りになってしまった言葉

で言えば「忖度」をしている様に思える時があります。

「忖度」自体は、悪いイメージの言葉では無かったはずですが、今や

一定のイメージがついてしまったようです。

 

患者の「意思」は、尊重されているのでしょうか。いないのでしょうか。

治療選びでさえも、医師が完全な主導権を握らないと気が済まないの

かなあと感じる事例も、プログ村内で拝見することがあります。

皆さん、あの手この手で話し合っておられます。参考にさせていただい

ています。

 

数日前のプログで引用した、公開されている資料を再び紹介させてくだ

さい。

〇「癌の補完代替医療(CAM) l 診療手引き」より

                      (四国がんセンター ホームページ)

〇科学的根拠に基づいた医療(EBM)とは、

 「研究によって得られた最良の根拠=エビデンス

  患者の価値観・意向

  医療者の経験

  診療の現場環境

 の4つを考慮し、よりよい患者ケアのための意思決定を行うものである。」

 とされています。更に、EBMを実践するに当たっては、

 「治療方針の意思決定は、エビデンスではなく、医師と患者によってなさ

  れるべきである。」

 との記載もあります。

 ・・・決して、エビデンス通りに判断することがEBMではありません。

 言い換えると、エビデンスの有無に係わらず、コミュニケーションの重要性

 を訴えているのだと思います。・・・・・・・・。

 

※エビデンスも色々な段階があるようです。

私が、手術後、補助的化学療法の際に奨められた療法の、最良のエビデンス

と言っていいのかな?は、再発率が5%程度下がるかもしれないというもので

す。統計上、100人の内、5人程度が、5年後再発を免れているというエビデン

ス?という事でしょうか。

 

ステージ3bでしたから、選択しましたけれど、どう実施するかは、開始時期、

開始方法、薬の選択等、正に、エビデンス?(何時開始するのがいいのかとか、

何故効くと言われているのかとか、奏効率の数字が表す本当の意味とか)を

示して貰い、私の意思や生活の問題等も出して決めて行きました。主治医の

お考えも話してくれました。

結果は、早々と転移して、95%の方に入りましたが、コミュニケーションを取っ

た(取り続けた)上での事なので、がっかり・がっくりはしましたが、「まあ、こんな

ものかもね。」と思う自分もいました。(十分、小母さんですから。)

 

「次はどうするかなあ。」と考え始めました。何もしないという選択もあったので

すが、「生きている間は、生きる努力をするべきである。」という父母の教え

(年を重ねると、更に、蘇って来る「父母の教え」です。(笑)  )に従い、

主治医と話し合う前に、出来る限り、調べてみるという事を始めました。

自分で、実際の資料を読んでみないと、中々、記憶して消化して判断の材料に

する気にはなれないものです。

 

質問をして、主治医に教えて貰う、説明を付け加えて貰う、お考えを聞くといった

リストを作り、絞り込んでいきました。

エビデンスが全てを決定する。は、私にはあり得ない、受け入れられない話です。

コミュニケーションが成り立ってこそ、はじめて、数字に表せば低い数字のエビデ

ンスが、許容できるものとなります。

 

100人の内、5人が寛解するんですよ。素晴らしいじゃないですか。と語られる医

師がおられます。患者集団としては素晴らしいでしょうし、5%に入る好運を、私も

願いました。

しかし、集団の数字は集団の数字です。一人の患者にとっては、数字は、1分の1

である自分にとって、どうであるかに帰結していきます。

ですから、医師から患者への割合が、大きすぎるコミュニケーションでは、本当の

納得は得られないのではないかと考えるわけです。

 

いつもの、私の結論です。双方向性のあるコミュニケーションが重要。

と思う小母さんでした。

 

花は春