ありがとうございます



今日は某神社に行きました


何故か、今日はいつもとは違う末社摂社で、うるうるしました。


「いつもお守り頂きありがとうございます」のご挨拶をした後に


何故かいつもとは違う言葉が出てきました


「お陰様で生かさせて頂いています」「霊性進化の時を生かさせて頂いています」


心の中で、そうご挨拶をしたら、じ~んとして、その後も、うくっとプチむせび泣きみたいな感じになって、ちょっと恥ずかしかった



それから、お弁当箱を買いに行きました


以前、時間短縮のために、神寄木賀集ゆかさんから、まとめてお弁当を作っておくというアドバイスを頂きまして


その時は、実践しないまま、終わってしまったのですが


時間の使い方が下手なのか苦手なのか、どうしても早く寝られなくて


意識が先なのは、知識としては知っていますが、どう意識を立てればいいのかわからなくて


苦肉の策で、ここは行動から先にしてみようかと思ったという訳です


そして、お野菜を買い込んでいるうちに、母が入居する施設の介護士さんから電話がありまして


食事時に食べこぼしがあって、洋服が汚れるので、エプロンを用意してほしいとの事でした


今、着ているのは、一着だけなので、その足で衣料品売り場に行って、購入する事が出来て、一度に用を足せてご満悦


この機を逃したら、また一週間後の土日休日まで買い物は出来ないので、タイミングがよくて助かりました



今朝、ある刺激から、母に関する紐づいた記憶が甦り


昨日の、そんなバナナなポルターガイスト現象は、母のお母さん(わたしにとっての祖母)なのではないかと思ったのですが


長女とLINEをしたら、長女もそんな気がしていたという事で、祖母の話を共有して会話をしていくうちに


祖母は相当頑張って、満州から母(当時9歳)を連れて帰ってきた経緯があり


玄関に着いた途端に倒れて、そのまま寝込んで亡くなってしまったと訊いていますが


足は象の様に膨れ、よく生きて辿り着けたという状態で、限界を超えていたのだと想像します


そこまでして母を守り、何とか家までとの思いの一心だった祖母を想う時


うちらの命も、祖母のお陰で、今があり


こうして繋がっているんだよねということで


命を大切に、ちゃんと生きなきゃだよね


という話になりました。


それは、「霊性進化のために生きる」という事なのだろうなと思いました


せっかく、この肉体を頂いて生まれて、体験をする事により學ばせて頂けているのですから


うかうかと無駄に、自我に先導されるがままに過ごしているのは


この場合の「ちゃんと生きる」に、なっていないのではないかと思いました


祖母のために、ご供養かご回向をと思いましたが


それも大事ではありますが、わたしたちが、ちゃんと生きるという事が最大のご回向になるのではないかと思いました


確か、我が家のポルターガイスト現象の時も、そのように言われた事を思い出しました


何をどうしたって、結局最終的にいつも行き着くところは、覚醒しかないというところに帰着します


「ちゃんと生きよう」


今の自分には、このような言葉でしか表現できませんが


この想いを忘れないでいられるよう、意識できたらと思います



お読み頂き、ありがとうございます

それでは、みなさまごきげんよう