旅費の水増し請求って、詐欺にあたりうる。
検察官がこれをやるってことは、1万円くらいの詐欺なら見逃してもらえるということか?
しかし、検察官がまさかそんなことやるなんて。
故意責任の本質である反対動機は形成されなかったのか?
それとも形成されたが、あえてそれを乗り越えて犯行に及んだのか?
筆者はなまじ法律を勉強してしまったために100円ネコババも気がひけてできないというのに。。
それにしても、そんなせこいことやるなんて、検察官ってたいして儲からないのか?
旅費の水増し請求って、詐欺にあたりうる。
検察官がこれをやるってことは、1万円くらいの詐欺なら見逃してもらえるということか?
しかし、検察官がまさかそんなことやるなんて。
故意責任の本質である反対動機は形成されなかったのか?
それとも形成されたが、あえてそれを乗り越えて犯行に及んだのか?
筆者はなまじ法律を勉強してしまったために100円ネコババも気がひけてできないというのに。。
それにしても、そんなせこいことやるなんて、検察官ってたいして儲からないのか?
筆者が弁護士になって実現したいこと
①自分や、自分の側にいる人を守りたい。
←法律知識があれば守れる??
②大金使って遊びたい
←弁護士っていうだけで大金稼げる??
③遊びの幅を広げたい
←弁護士になれば遊び上手になれる??
④自分の世界が広がりそう
←どうなんだろう??
⑤法律の勉強っておもしろい
←実際、弁護士の仕事で、試験問題みたいな解釈することあるのか?
これまで書いてきて、また気がついたことがある。
それは、筆者が自分の利益のことしか考えていないことである。
自分でいうのも悲しいが、
こういう人は
弁護士とか公務員とか、他人の人生や公共の利害を左右しうる仕事に就いてはいけないと思う。
どうやら筆者は「自分、自分」の子供であるようだ。
筆者には人間的成熟が足りない。
試験勉強をいいわけに人生勉強をさぼっていたようである。
話を元に戻すと、
問題の本質は、筆者が社会にどういうふうに役立ちたいのかということにある。
筆者は社会問題討論系のテレビ番組が好きである。
(今でいうなら爆笑問題の太田総理とかビートたけしのテレビタックル)
少なくともそういう番組を見ている間は、社会を良くしたいという思いがある。
こういう嗜好性から弁護士になりたいと思ったのかもしれない。
社会をよくすると一言でいっても、それは多くの意味を含む。
例えば、便利なモノ、サービスを提供することだって社会をよくすることであるし、
教育に携わることだって、社会をよくすることである。
しかし、それらには筆者の興味は向いてくれない。
上述の番組、さらに司法試験に対する関心からすると
筆者の興味は社会の不条理を改善することにありそうである。
もしかしたら、その方向に筆者の将来があるのかもしれない。
そういう仕事であれば、弁護士に固執する必要はないのではないかと思ったりした。
毎年3000人の合格者が出るらしいが、
そもそも、それだけの需要があるのか疑問である。
よく聞く話だが、アメリカでは食えない弁護士がいるとか・・・
となると弁護士というだけで、おいしかった時代はもう終わるのかな?
弁護士って、確かにサービス業ではあるけれど、
社会に何か経済的に付加価値のあるものを生み出す仕事でもないし、
となるとパイのとりあいになるのかな?
そうなれば競争は激化し、価格競争?
弁護士内部で勝ち組、負け組みの発生?
うーーむぅ、、、
弁護士になれば、それだけでおいしい思いができるというのは幻想か・・・な??
となると、ロースクールに行くなら、
新司法試験の勝算だけでなく、弁護士間の競争についても勝算がなければお得でないなー。
筆者、ここまで書いてきて気がついたことが・・・![]()
筆者ったら、
弁護士になったら何かおいしいことが待っている
という期待感だけで、これまで受験してきたんだね。。。
とすれば、弁護士がおいしくない状況になりつつある今、
あえて高いリスクを冒してまで、弁護士になる必要はないのでは?
ハイリスクローリターン![]()
しかし、それでもなお後ろ髪引かれる思いがするのはどうしてなんだろう・・・
実は弁護士になって、おいしい思いをしたい以外に
何か自分の中で自覚できていない動機でもあるのか?
②弁護士に本当になりたいのか(弁護士になって何を実現したいのか)
について考えてみる。
筆者は、卒業後、就職活動もせず、司法試験合格を目指していたわけであるが、
ココにきて方向転換を検討している。
というのも、筆者がこれまで情熱を費やしてきた試験は、事実上終わってしまったからである
(つまり今年の択一は不合格)。
現行制度の終焉は、筆者のこれからの進路を再考するいいキッカケになった。
このまま現行制度一本というわけにはいかない。
ではロースクールか?
過去にとらわれれば、これまでの投下資本を考えると試験からの撤退は難しい。
かといってロースクールに行くのは、それはそれでリスクが高い。
ロースクールに入ってしまったら、失敗が許されないからだ。
旧式の司法試験制度と比較すると、ロースクールはダメだったときにほんとにしゃれにならない。
返すあてのない借金は残るし、
法律知識って有資格者だけが使っていいものなので、つぶしがきかない。
今回はいままでのように
「今年はダメだったか、でも来年こそ」
なんていう惰性で進めるわけにはいかない。
そこで、本当にロースクールというリスクを冒してまで、
①法律家(筆者の場合は弁護士)になるメリットはあるのか。
②また、(こっちの方が重要であるが)弁護士に本当になりたいのか。
を検討してみたい。
では第1部最後の誤答である25を検討する。
この問題、XさんとYさんがわざわざ個別の行動をとる必要はないだろう
という観点から、④にマークしたが、答えは③ということである。
なんでわざわざ別行動をとるのか分からないし、
面倒くさくて考える気にもならない。
以上のように自分の思考過程を書き出し、客観的に見える形にすると、
自己分析ができやすくなるみたいである。
今回は面倒くさい問題は全てパスしていたみたいである。
したがって、筆者は、複雑で面倒な問題の処理対策が不十分であったということになる。