「ゔぁぁぁ」
扇風機の前で唸るなんて今どき小学生でもやらない。まぁそんな彼が好きなんだけれど、今日はレポート邪魔しにきた悪ガキにしか見えない。「帰省しないなら提出ギリギリでいいじゃん」「自分は出したくせに」「お前は所詮ヤバくならないとエンジンかかんないんだよ」図星なだけに悔しい。「自分こそ帰省しないの?」「ん?あぁ、帰っても別にやることないし。お前といた方が面白いし」
たまたま学籍番号が近くて。
たまたま同じ地方出身で。
入学してから、ずっと友達以上恋人未満。
最初から、私だけがそのハードルを超えたがってた。誰からも好かれる、明るくて分け隔てのない優しい性格の彼は、いつもたくさんの友人に囲まれていた。欲張らないで、近しい友達でいることが私の願い。
それなのに。
最近やたらと距離を詰めてくる。気がつくと隣に座ってるし。下宿の行き来は以前からしていたけれど、この夏休みは別段用事もないのに週の半分は一緒にご飯を食べていた。
構われないのが退屈になったのか、くるりとこちらを向いて「ねぇ、気分転換しようか?」ぐっと顔を寄せてニヤリと笑うから、危うく体が溶けかけた。「ななな何」「あ、今いけないこと想像したでしょ」「してません!」「ほら。いけないことって何かわかってんだ」楽しそうに笑うとちゅっ、と軽くキス。予想外の展開にフリーズした。「アイス買いに行こ?」
赤く染まる空は日暮れまであと少し。コンビニを出るとベンチに座りもどかしそうに袋を引きちぎる顔は中学生に昇格させてもいいな。頬を緩ませたあと、思い切って問いかけた。
「ねぇ、さっきの…」「ん?」アイスにかぶりついたままこちらを見るその瞳がまっすぐで、急に勇気が萎む。「いや、いい…」彼はあっという間に残りを食べてしまうと、少し不満そうに口を尖らせた。「今日は立ち位置をはっきりさせたくて来たんだ。」「位置?」「お前さ、俺が近づくと一歩後退るじゃん?だから怖くて踏み込めなかったんだ、ずっと。」
ずっと。と、彼は言った。ううん、でもきっと私の方が先だよ?慌てて立ち上がった彼は、暑さのせいか耳まで赤い。Tシャツの裾で掌をごしごし擦ると、目の前に勢いよく差し出した。
「手ぇ繋ぐぞ」
「うん」
いつもの道がなんだか違って見えるのは、陽炎のせいじゃない。首筋を流れる汗まで愛おしいな。もう躊躇わず彼を見つめてもいいんだね?
唐突に曲がり角で立ち止まって私を見る。「やっぱ言葉にしなきゃ」じっと見つめられて胸がとくん、と高鳴った。
「好きだよ」
初めての長く深いキスは、甘いアイスの味がした。
「結局課題はギリギリだな」
「誰のせいだと思って…」
「手伝わねーぞ、そこんとこの線引きはきっちりしてんだ、俺」