アーカイブ:北京で北京ダックを食す旅!? | カッキーは全国を旅する

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東京のどこかに住んでいるカッキーが、
全国各地へお出掛けして、旅物語を綴ります。
その他、日々の気付いたことなど、つれづれに。


今年も大型連休が始まりました。ニコニコ



 

東京都の「STAY HOME週間」は今日で5日目。
小生はちゃんと「STAY HOME」を守っています。パー

他方、過去に「お出掛けしなかった大型連休」

というのは、ちょっと記憶にありません。もやもや

過去の大型連休期間にお出掛けした記録を調べたところ、

15年前の旅行で、まとまった画像を見つけました。ひらめき電球


それが「中国・北京への旅行」

弊ブログで、6年前に取り上げた記事をベースに未公開画像を加え、今回「アーカイブ記事」としてお届けします。口笛



宝石ブルー「北京旅行」のプロローグ

小生は今から15年ほど前、2004年12月に中国・華中にある地方都市に赴任しました。中国

年末に移動してから、初めて海外で年を越すのは心細い限りでしたが、翌年分の住民税が免除される特典(はてなマーク)があり、一長一短があるのでした。てへぺろ

中国に赴任してから5か月が経ち、現地での生活も慣れた頃、
「長期連休は遠くへ旅立ってみようビックリマークと思い立ったのでした。


小生が住む地方都市から北京へは、飛行機で2時間ほどチョキ
日本で言えば、東京~札幌間くらいの距離のイメージでした。

なお、現在の中国の長期連休は、

「旧正月」「10月の国慶節」の2回。

日本の「大型連休」と時期が重なる、中国の「5月の労働節」の長い休暇は、現在とは違うカレンダーであったことをお断りしておきます。



宝石緑ホテルから「万里の長城」へ

北京に到着した日のことは記録に残っていません。汗


旅の記録の画像は、翌朝のホテルの一室から始まっていました。キョロキョロ


日本語で地名を書くと「朝陽区」という場所にある、

ビジネス街のホテルだったと記憶しています。



市街地にあるホテルの窓からの景色は、晴れた日にも関わらず、

霞のようにものすごく曇っていました。ガーン


PM2.5などの大気汚染が既にこの時期から始まっていたようです。



最初の行先は「万里の長城」

北京の市街地から、車で1時間半ほどで到着。
連休中につき、ところどころで渋滞がありました。車あせる



万里の長城は現存しているもので6,000km以上、

日本列島の長さの2倍に匹敵します。びっくり



その中で、北京の市街地に一番近いのは

「八達嶺(はったつれい)」という場所。合格

 

 


山の峰に沿って、美しく長城がそびえる場所なのでした。おねがい



「万里の長城」と言うだけあって、
城壁が延々と続いて見えました。グッド!



でも「人工衛星から『万里の長城』が肉眼で見える

と言うのはフェイクニュース。(笑)

中国初の有人宇宙船「神舟5号」に搭乗した宇宙飛行士である楊利偉が「万里の長城は見えなかった」と証言したそうです。



お次は近くにある「野生動物世界」へ。
日本で言うところのサファリパークですね!

因みに「パンダが居る北京動物園」とは別物です。えー



檻のような専用バスの車窓からトラを撮影。



ライオンもあちこちで見かけました。



バスを降りると普通の動物園風の動物たち。


 

 




キリンとシマウマが同居していました。目



宝石赤北京市内で北京ダックを食す

実は食事の画像が1枚も残っていませんでした。ガーン

食事に関して、当時は若かったので「質より量」

を求めた食生活だったのかもしれません!?

そんな中、北京の観光ガイドで必ず出てくる、北京ダックの有名店

「全聚徳(ぜんじゅとく)」を訪問しました。



(画像はお借りしました)


立派な外観のお店ですが、確か2008年の北京オリンピックを控えて再開発工事完了後に新規オープンしたと聞きます。

2005年当時は、街角の中国料理屋さん風で、現在ほどキレイなお店という感じではありませんでした。

それでも大勢の人が長い行列を作って30分以上待ちました。時計


「中国人は行列が嫌い」と聞いていたので、この時の光景はちょっとしたカルチャーショックでした。アセアセ



(画像はお借りしました)


お店で注文した「北京ダック」はこんな感じ。ラブ

アヒルの肉は皮を中心とした部分で、餃子の皮よりももう少し厚い白色の皮に、ネギ、キュウリや甜麺醤と共に包んで頂きました。OK



宝石紫紫禁城と天安門

翌朝は紫禁城と天安門へお出掛け。



「紫禁城」は明清朝の旧王宮である歴史的建造物。



目眩がするほど、大勢の人が押し寄せていました。うずまき



内部の様子。
かつての皇帝が暮らしていた場所です。ニヤリ



館内にある陶器。数はあまり多くは無かった。



宝石でつくられた造花。
貴重なお宝は、台湾の故宮博物院に持ち去られたそうです。

この後、台湾の故宮博物院への訪問が、

今から2年前にようやく実現しました。クラッカー



装飾された高い天井だが、埃もヒドかった。笑い泣き



北京と言えばお馴染みの「天安門」
目の当たりにしてみて、感激したのでした。爆  笑



その後「頤和園」という場所に移動。



清朝の悪女!?「西太后」がこよなく愛した庭園。

日清戦争に備えて購入する軍艦の予算を流用して、庭園を整備。
その結果、清国は日本に戦争で敗れてしまい、この事業が敗因の

一つとされています。



「蘇州街」
清国皇帝が「東洋のベニス」蘇州を模した街。


時の皇帝はこの街で、役人が商人に扮した商店でショッピングを楽しんでいたそうです。


こちらが元になった、6年前の記事。
Wikipediaなどを参照して、当時の記事を補強しました。下差し

中国北京市の写真集(1):(2014-3-14)
https://ameblo.jp/kakki2609/entry-11796319799.html

中国北京市の写真集(2):(2014-3-17)
https://ameblo.jp/kakki2609/entry-11798579929.html

 


ペタしてね


これまで長期連休中は毎日、記事を書いていましたが、

今回はどうするか、まだ決めていないのでした。あせる

 

明日また訪問頂ければ、どう決めたか分かるかもね。ウインク