いつも「カッキーは全国を旅するブログ」を
ご覧くださいましてありがとうございます。![]()
今年5月中旬に「2026晩春・日帰り杜の都お城めぐり」と
称して宮城県を訪問した様子を紹介するのも今回で最後。![]()
今回は最終回として、宮城県北西部・加美町(かみまち)
にある無名のお城めぐりをします。🏯
最初の記事は豆知識。![]()
「宮城県独自の交通ルール」を紹介します。![]()
宮城県独自の交通ルール

こちらの「ゼブラゾーン」を踏みながら走行する自動車。
「宮城県では交通違反です
」![]()

これは「宮城県道路交通規則第14条第4号」に定められており、
違反すれば普通車の場合、反則金6,000円を課せられる可能性があります。![]()
それでは今回の本題、加美町のお城めぐりを始めましょう。![]()
城生柵を登城

「城生柵(じょうのさく)」は加美町にある古代城跡。
「柵」は東北地方では古代のお城を意味しており、
コチラのお城は奈良時代に築城されたと考えられています。🏯

石碑がピカピカし過ぎて見づらいね。![]()

本物の「城生柵」は石碑から離れた場所にあります。
空き地に愛車を停めて、ここから出発しましょう。![]()
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お城は欝蒼とした林の向こう側かな![]()
近くで農作業をしている人たちは「クマ対策」をしている
気配がなかったので、熊鈴などは持参しなかったよ。🐻![]()

林の切れ目に「鳥居」を発見![]()

どうやら神社のほこらがあるあたりが
「城生柵」の中心部みたい。![]()

加美町指定文化財「木造聖観音菩薩座像」
それが「城生柵」のほこらに安置されているようです。![]()
この場所に古代のお城があったわけですが、
遺構を見付けることが出来なかったね。![]()
お次も加美町にあるお城を訪問します。![]()
中新田城を登城

「中新田城(なかにいだじょう)」は1339年に、
斯波家兼(しばいえかね)が築城したと伝わります。

斯波家兼は、南北朝時代の武将で足利尊氏を支え続けました。
のちに奥州探題大崎氏の祖となった人物です。![]()

現在、お城の跡は八幡宮になっています。

遺構は曲輪、土塁、横堀跡など。![]()

2つのお城をめぐったところで、
ジャイアントコーンを頂きながなら一休み![]()

美味しく頂けました。![]()

ちなみに今回、GPSによるお城攻略は、
東北地方最後のお城を攻め落とすに至りました。![]()

東北自動車道を経由して東京の自宅まで帰りましょう![]()
こちらのインターチェンジの名称は読み方が難しい・・・![]()
「大和」と書いて「やまと」ではなく
「たいわ」と読みます。![]()
東北自動車道をよく利用する方はご存じかもね。![]()
【ニッポン城めぐり3,000城制覇まであと97城】
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