26 弁当配達のバイト カーラジオ&ラジカセ | 柿島伸次オフィシャルブログ powered by Ameba

26 弁当配達のバイト カーラジオ&ラジカセ

もっともっと自由な時間が欲しい、ウエイターのバイトはコミニケーションが多い仕事なので自由な時間がうまくとれなかった。

 

一人でできる仕事ってなんだ?一人になれる仕事ってなんだ?当時作詞作曲をするシンガーが弁当配達をしてるという情報をコーさんから聞き弁当配達のバイトに思い切って切り替えた。

洗い場のおばちゃんとゴミ置場のおじさんとの別れは寂しかった。

 

弁当配達はラジオ聴き放題、弁当は200円かかるが食べ放題。

でっかいタウンエースの車内にノートと小さいラジカセを積み込む。

何か思い浮かんだらベンチシートの助手席のラジカセに録音するのだ。

FENからは洋楽チェック、気になったらレック、韻を踏みたくなるはどうやら癖だな(笑)。

<FENとは在日米軍向けのラジオ放送(極東放送網、Far East Network)>

 

運送じゃなく配送ってとこがいいのだ、運送は運ぶ、配送は配る。

運送は荷物によって場所が変わり知らない道をいかなきゃならない。

配送は決められた場所に配るから道がいつも同じで時間が読みやすく安全なのだ。

そして弁当配達は昼までが勝負、午後は回収だけだから自分のペースでゆっくりまわればいい。

 

ちなみの僕が担当していた配達コースは本牧Aコース、山下公園や本牧埠頭を配ってた。

杉田の方にあった工場からそこに行くまで大渋滞の産業道路をラジオを聞きながらノロノロと運転していった。

 

あの横浜ベイブリッジが建設中で、そこで働いてる人たちに弁当を配ってた。

「うっそー俺ベイブリッジでバイトしてたよー」とのちにユニットを組んでたイワオさんと盛り上がったことがある。

 

肉体労働の僕が肉体労働の人たちに弁当を配る、僕もその人達もあらゆるおかずに醤油をかけてたの思い出す。

汗をものすごくから塩分欲しちゃうんだろう。

 

バットに詰めた弁当は500食を毎日配って回収、階段上り下り多数(韻)今はもうとてもじゃないけどできない(笑)。

 

昼の12時まで間違えなく弁当を届けたら、弁当食ってちょい昼寝して、起きたら空の弁当箱を回収して杉田へ帰る。

 

一人の時間、一人の空間(韻)。

この時期にラジオの良さを知る、ラジオの思い出はタウンエースの中。

 

クリスマスの日に本牧の三渓園にイレギュラーの配達があった。

三渓園は詳しくはないが古くからある日本庭園で景色がとても美しかった。

弁当の配達ということで普段車が入れないところまで入ることができた。

 

配達を終えたあたりから雪がゆっくり落ちてきた、雪の中の三渓園。

キレイだなぁと車をとめてフロントガラスの向こうの雪を眺めてた。

その時FENからジョンレノン「Happy Xmas (War Is Over)」が流れてきた。

このロマンチックを体験できただけで、このバイトをやってた価値があるってもんだって今でも思ってる。

 

タウンエースのカーラジオから、たくさんの洋楽と、たくさんのトークを聞いた。