僕はてんかん持ちです。
発症して20年以上経った今も、てんかんと闘っています。
(3連休最終日、ということで連発でブログ更新しちゃいます)
僕自身、発症して以来ずっと、「てんかん」のことなど知識も無く、自分から勉強することもなく、主治医に言われるがままに、処方される薬を飲み続けるも発作は減らず・・副作用でふらふら状態で、まさに「どん底」でした。
それでも、母が知識はないのに僕の不安や愚痴を聞いてくれてた
こと、職場でも、僕の愚痴を聞いてくれる上司がいてくれたことで、なんとか生きてきたという感じでした
「なんでオレだけが、こんな辛い思いをしなきゃいけないんだ」
・・いつも、そんなことばかり考えてましたね
だからと言って、「本当に理解してくれる人」はいませんでした
自分の周りに、同じように「てんかん持ち」は一人もいませんでしたから・・
その後・・
当時の主治医から、東京小平の国立精神神経センターを紹介されて、転院しました
それでも通院していただけの時は、考えるのは自分のことだけ。。
主治医に言われる通りの薬を飲み続けて、全く減らない発作(特に身体硬直発作や失語で苦しんでいました。)、その原因もはっきりわからず・・正直なところ、人生に対して「途方に暮れて」ました
そんな時に、精神科病棟に4か月間入院しました。
病棟は2階、部屋は6人部屋でしたが、閉鎖病棟で部屋の窓は30cmも開かない・・
電話機(緑色の)が1台あるだけで、自販機も無い。
食堂スペースにテレビが1台ありましたが、決まった女の子が、リモコンを占有してるため、その子が食事終えて部屋に戻るまでは、NHKの教育テレビ(今で言う「Eテレ」)しか見られませんでした
売店は病棟の外でしたから、看護師さん同伴でないと行けない・・
そんな場所でしたよ
部屋は、ナースセンターから一番遠い部屋。それだけでも症状が軽いと診られている証拠だったようですが・・
(発作は1日10回以上平均で頻発していても、仕事はしてるし、会話のキャッチボールができる、それだけでも全然軽症だったんです。)
部屋にいた他の方は、入院歴30年目っていう老人、雑誌「小学五年生」をいつも持ってニコニコの老人、あとは、うつ病と自閉症(だと思います)の中学生が2人と、話しかけても会話のキャッチボールできる状態ではない人が1人でした。
そうは言っても、病棟にいる患者仲間は、みんな日本中から集まってきていた重症の方ばかり
1時間に1回は、誰かが発作で倒れたり、大きな叫び声を上げたり・・
保護帽(当時は「ヘッドギア」と呼んでましたが)をかぶった人も男性女性とも数人いました。。
ですから、そこで僕は生まれて初めて「てんかん発作」の症状を目の前で見たんです
それまで僕自身が一人でもがいてきた発作、意識が無くなるもの、意識がある状態で出るものに関わらず、どちらも自分で見えるわけないですしね
いきなり意識失って倒れる「大発作」がほとんどでしたが、夜に数人で話していた時に、いきなり立ち上がり、どこへともわからない方向へ歩き出す女性(つまり「自動症」です。)も見ました。歩行中に話しかけると返事するのに、意識無い状態。意識が戻った後で、その最中のことを聞いても「えっ?そんなことしたの?覚えてないわ」でした。。
ですから、一度発作起こすと、半日とか1日とか意識が回復しないなんて重症の方もいましたよ。
自分がてんかん持ちじゃなかったら、4ヶ月は耐えられなかったかもしれませんよ
それで「てんかん発作の怖さ」を改めて実感したというわけです。
ただ、それでも症状的には僕より重いけど、食事中とかにも会話のキャッチボールは普通にできる方も数人いました。
(みんな喫煙者で、食後には一つのテーブルに集まっていました。
僕に対しても、「しんちゃん、こっちでいっしょにタバコ吸いましょうよ。」なんて誘いも毎日のようにされてました
(吸えないわけじゃなかったけど、常時吸うタイプじゃなかったので、そうなりたくなかったんです。)
そういう患者仲間の人と、「てんかんの辛さ」を初めて話したんです
「発作を理由に、遠まわしに仕事を解雇された。」なんて話とか、「てんかんだというだけで周りの人間に逃げられた。」なんて話、そして症状の話や、副作用の話等々・・「辛いよ~」って話がとにかく痛いようにわかるんです
もちろん僕の話も聞いてもらいました。
最初は「どこまで通じてるのかな?」と思った人もいましたが、とにかく
自分にとってはそうやって「辛さ」を言い合える、そして理解してもらえる・・
この時間は、本当に「幸せ感じるほど感動的」でした
そして、「自分の症状なんて全然軽いし、仕事もあるし恵まれてるんだよ」と思えるようになったというわけです。
「自分だけが辛いんじゃない」と思えて気持ちがスッキリしたんですね
もちろん、昨日のことのように覚えています
この時の感動があるから、このアメブロで「私は、てんかん持ちですが、周りに同じ状態の人は全くいないし見たこともありません。」というブロガーの方が、僕とコメントやメッセージでやりとりしたことで、
「同じてんかん持ちの方と話せたの初めてです。ありがとうございます。」みたいに言ってくれた方も何人もいます。
つまり、「不安の塊」とか「てんかんの呪縛」みたいなものから少しでも解放されて、「理解されない辛さ。」を共有できたこと、これほど感動的なものは無いってことです
それは、直接話ができるのが一番いいでしょうね。
でも、こうしたブログとかネット上でも、こういうやりとりで「辛さを共有」しあえることが、いかにすばらしいものかです。。
僕にとっては、自分以外の方で同じ「てんかんで辛い思いをしてる方」が、同じような感動的な思いをされるのは本当に嬉しいことです
そんなことを常に思いながら、ブログ書いたり、コメントやメッセージ書いてる僕です
というわけで、これからもよろしくお願いしますね