僕はてんかん持ちです。
発症してから34年もの間、いろいろな辛い経験をしてきました。
それでも、今もなおてんかんと闘っています。
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こんにちは、しんちゃんです。
今日は、僕がてんかんと闘ってきたことで、患者仲間の話を聞いたり、ここでのブロ友さんの話を聞いて、非常に辛い気持ちに
なっていたことのひとつです。
「てんかんを持っていると、医療保険や生命保険に入ることすらできない。できても健常者の方より保険料が高額だったりする。」
・・こんな辛い経験されたことのある方、たくさんいらっしゃると思います。
そうなんですよね・・
通常通りの生命保険で掛け捨ての終身保険なんて、「告知事項」ってのがあり、てんかんは四大疾病と同じように扱われるんですよね・・
僕は、発症したのが大学卒業して、一般企業に就職した5年目でしたから、大学時代の親友が某生命保険会社に就職したことで、
親友のノルマ達成のために、何も考えず終身保険に加入したんです。
ところが10年目くらいに、契約内容の見直しを勧める「〇〇レディ」という営業の女性が会社に現れ、提案書を出してきました。
そこで、既にてんかんと闘い始めた身でしたから、
「てんかんありますけど、この内容で本当に契約できますか??」って聞きましたよ。
「ええ。大丈夫ですよ。」でしたね。
そして、しばらく経ってから、正式に契約書に署名捺印する機会が設けられました。
そこには、営業職の上司社員?と思われる男性も同伴でいよいよ・・でしたよ。
ところが、その男性社員は、最初に一言。
「しんちゃん、この提案書の内容なんですが、てんかんがあるので、この保険料ではとても契約できないんです。」でした。
(確か、提案書には、保険料は18,000円くらいでした。)
「しんちゃん、この提案書通り契約されるなら、保険料はこのくらいになります。」と見せられた保険料額は35,000円くらい。
「はぁ??この金額で?そんなの無理です!!!
」と言ってすぐにその場を僕は立ち去りましたよ。
それでも、てんかん発症前に契約した内容はそのまま継続でしたからね、その後は、開頭手術も含めて何回入院したでしょう。
それだけでも、保険金が払われたので本当に恵まれてる方だったと思っています。
それから年月が経過して、医療保険や生命保険も、てんかんのような症状を持ってても、多少保険料高いものでよければ加入できるとかもありましたよね。
そして・・「てんかんを持ってても、保険料高くなるとかなく契約できて、入院時、手術時、死亡時に保証される保険。」というものがあることを知りました。
ぜんち共済の「ぜんちのあんしん保険」というものです。みなさん入ってますか?
これに入ってからもう10年過ぎましたね。
最初は一番基本的な保険料も安いプランでしたが、ガンの手術、術後の後遺症に対する外科処置のための入院、なんてのも
ありましたからね。
それで、プランをひとつ保険金の高いプランに変更して約1年。1年更新なので、今日、更新通知書ということで誕生月の12月
以降の契約の更新内容が書かれた書類が届いたんです。
そこでビックリです。
「傷害通院保険金」なんて保険金が払われることになってたんです。
例の、夜中就寝中のベッドからの転落と右肩骨折事故。。
「えっ?これって骨折だし、保険金支払対象では?」という思いから、コールセンターに電話してみましたよ。
「日額3000円で30日間」と書かれてるし、今後まだ週末には診察に行かなきゃいけない。
コールセンターの相手に電話して、右肩骨折した状況を話し、
「これは、傷害通院保険金支払われるものですか?」と聞くと、
「ええ。聞いたところでは、支払の対象です。」でした。
骨折した日から30日ではなく、通院日数合計で30日まで支払われるようです。
しかも保険金請求に診断書は必要なく、領収書か診療明細書のコピーがあればいいとのことでした。
領収書は見つかりましたが、症状名とか何も見られなかったので、診療明細書の再発行を整形外科にお願いしましたよ。
というわけで、「三角巾装着最低3週間」ですから、毎週末で最低4日は通院することになります。
それが終わってから、領収書コピーをまとめて申請書類といっしょに提出にはなります。
最高額で1回の傷害で通院日数30日まで。ということは保険金はどんなに多くて9万円です。
今回の僕は、おそらく骨折当日の診察を含めても、5日くらいまでかなとは思います。
それでも、通院で保険金受け取るのは初めてになりそうなので、ちょっとだけニコニコですよ。
まだまだ、右肩は痛いですけどね。三角巾装着したままだと、首回りも上半身もガチガチになってそっちが辛くなりそうなので、
自宅では三角巾は外してますよ。
そんなわけで、「ぜんちのあんしん保険」は、入っていない方は今からでも遅くないから入るといいのではとつくづく感じました。

