潮待ちの
しまなみ浮かぶ
この浦で
ただ待ち消えし

義昭 哀れ


 ※鞆の浦付近で、東は紀伊

  水道、西は豊後水道から

  の潮がぶつかり、船はこ

  こで潮待ちをした。足利

  義昭もここで室町幕府の

  再興を夢見て待ち続けた 

  が、願い叶わず消えて行

  った。なお義昭在所地を

  鞆幕府とも呼ぶ。



足利の
歴史生まれし
この浦に
幕府夢見て

義昭眠り


 ※足利尊氏は鞆の浦で光厳

  上皇の院宣を受け取り、

  一気に勝ち進み室町幕 

  府を開いた。その鞆で

  義昭は消えた。

  「足利は鞆で起こり、

  鞆で滅ぶ」である。



いろは丸
沈めし海も
今静か
竜馬の覚悟

浦のみぞ知る


 ※徳川御三家紀州藩の船と

  竜馬達の船「いろは丸」

  が衝突し、いろは丸は沈

  没。竜馬はここ鞆の浦で、

  紀州藩を相手に国際法を

  持ち出し交渉し、見事、

  多額の賠償金を勝ち取っ

  ている。