芭蕉歌仙興行の地…北区清水2-12-2(北区名勝標札 №13) | 「洋ちゃん」のひとりごと

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私「洋ちゃん」、北区内にある

名古屋市教育委員会設置の名勝標札巡りをしています。

その一環で、

 

先日(18日)早朝散歩で、

「芭蕉歌仙興行の地」を訪ね名勝標札をデジカメ

 

設置場所 北区清水二丁目12-2(解脱寺(げだつじ)境内)

 地図の説明

 

↓名古屋市教育委員会設置名勝標札…№13

句碑について…ネットより引用

①解脱寺が再建される以前の薬師堂を貞享五年(一六八八)七月二〇日、松尾芭蕉が訪れている。

 薬師堂の主人、長虹(ちょうこう)を名古屋の俳人、荷兮と尋ね、歌仙を巻いた。

  粟稗にとぼしくもあらず草の庵

 芭蕉が詠んだ発句である。

粟稗の豊かな実りが眺められるこの草庵は貧しい風情ではない、静かないい住まいであるという意の句である。

 

②当初は「粟稗に とぼしくもあらず 草の庵」

 後に「粟稗に 貧くもあらず 草の庵」と改作されている。

  句意:

・この草庵を訪れてみると、あたりに熟れている若干の粟や稗によって事足りた悠々たる

 清閑の生活を営んでいることが感じられて、ゆかしい思いがする。

・粗末な庵に住み、粟や稗のようなものを食べていても、別に貧しいとも感じないで、

 ひたすら修行に励んでいる解脱寺の和尚(竹葉軒長虹)の生きざまをほめたたえている。

解脱寺境内にある「粟稗に 貧くもあらず 草の庵 はせお」の石碑

 

楞伽山(りょうがさん)解脱寺(げだつじ)について…北区史跡散策路より引用

・明暦3年(1657)、犬山城主が建てた薬師堂・小庵が始まり。

・招かれた竹夭(ちくよう)和尚は、竹葉軒長虹と名のる俳人。

・境内に俳聖芭蕉の句碑「粟稗塚(あわひえづか)」がある。

 

デジカメ…(A.M 6時30分頃)

 

(特記)

楞伽山(りょうがさん)解脱寺(げだつじ):粟稗句碑…北区清水二丁目12-2

 

↓資料をスキャン

 

(追記)