江戸時代の名古屋三景 | 「洋ちゃん」のひとりごと

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私「洋ちゃん」

今、読んでいる郷土史の書物に記載されていました。


江戸時代に、

名古屋三景と称していた風光明媚な三ヶ所について記載。  

○不二見原(中区上前津周辺)

 …富士山が見えたという。

  葛飾北斎には、樽の中から見える富士を描いた斬新な

 『富嶽三十六景』のうちの「尾州不二見原」の図がある。

 

○大曽根の関貞寺(東区森下の北

 …美濃、近江、三河などの八カ国の山々が見えたという。

  かつては、ここからの北方の眺望が素晴しく、

 『尾張名所図会』に名古屋三景の一つとして推奨されました。

 

○沢の観音の妙安寺(熱田区尾頭橋交差点南)

 …その昔、境内から南西への眺望は絶景で文人墨客が往来した。

  境内には、芭蕉、士朗、岳輅(がくろ)らの句碑がある。

 ※2013年8月27日にタイトル妙安寺 としてブログしました。

  こちらも是非ご覧ください。

名古屋三景に共通しているのは、

 高台にあり、

 眺望がきくことと、

 月見の名所と呼ばれていること。

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(付記)

○不二見原(中区)
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○大曽根の関貞寺(東区)
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左)
 関貞寺の  

  東の急坂
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大曽根面と記載箇所の赤丸の場所が関貞寺です

関貞寺について、

・寛永7年(1630年)創建。

・名古屋台地の北端に位置し北方の眺めがよく「尾張名所図会」では名古屋三景の

 一つとされている。

・江戸末期の名古屋城図によればこの辺は大曽根坂上町と記載がある。

・この周辺にあった坂を大曽根坂といった。

・その立地から尾張・美濃・越前・加賀・近江・三河・信州の七州が見渡せたといわれ、

 伊藤博文筆による七州閣の額が書院に掲げられている。

                (以上、ひがし見聞録より)

○沢の観音の妙安寺(熱田区)

現在の妙安寺です