我が家から徒歩で10分程の場所、
東区山口町の交差点付近に老舗の‘うなぎ屋”さんが4店舗あります。
明治時代・初期の頃に、
この山口町から赤塚付近を陶磁器業者が江戸時代の武家屋敷跡地を安価で入手し、
瀬戸・美濃から仕入れた素地に上絵付けを施した日曜食器工場を構えるようになり、
名古屋における陶磁器加工完成業の歴史が始まりました。
陶磁器工場の窯場で働く多くの職人達は、
汗を多くかく肉体労働者達でそのエネルギー源を保持するには
「鰻」が最高と伝来されてきました。
(瀬戸・美濃多治見には伝来老舗の「うなぎ屋」さんが多々あります)
その流れにより、
瀬戸街道と多治見街道との合流地点であるこの地、
付近を
中心に瀬戸・美濃で修業した‘うなぎ屋職人”の多くが当地に店舗を構えました。
特に、当地(山口町北西交差点)にありました相応寺が昭和7年に千種区城山に移転した以降は、地元の発展会が大須のような歓楽境をつくりたいとの要望で、住宅街ができ、そこに鰻屋はじめいろいろな店舗が開業する。
※相応寺…尾張藩祖の生母お亀の方の追悼のため建立。11400余坪の広大な境内を有した。
(現在は、国道19号線の
大曽根から山口町・小川町にかけては、大・小の多くの「鰻屋」さんがありましたがほとんどが店締い)
その歴史的な流れの地にある、
山口町交差点付近で営業中の4店舗の店頭をデジカメしてきました。
1.万松…赤塚2-24 古典的な味~~。長く待ちました~~。
2.川長…山口町4-16 うなぎ釜飯は絶品~。釜飯の元祖・・・??