昨日も朝から夕方まで絶え間なく元気に声がけを楽しんで売っていた。
よく売れるから売り場に皿盛りにしたあじの三枚おろしや開き、いわしの開き、さんまやイカの頭やわた取りなんかもよくはける。
更には丸のまま仕入れた大型魚なんかもお客様と相談して切り分けや三枚おろしやらと引き受けてはガラス越しの後ろの調理場に並ぶ何人かの調理担当の社員さんたちに頼む。
売り子が売れなければ当然モノがはけないから、後ろの方たちもそんなに急いで作業を進める必要はない。のんびり構えて減ってきたら追加すればいいのだから。でも僕はその社員さんたちがあたふとと僕のペースにつられてアセアセで追加の魚を用意するのを見るのが好きだ。
展示冷蔵台からモノが減って下のステンレスや氷箱がむき出しになるのを見て、さああ、イカの輪切りがもう2皿しかないよ。急いでお買い上げどうぞ!などとお客さまに焦ってきてもらって、後ろの調理場にも聞こえるように追加を促す。懸命に後ろでもさばいてくれている。そのお互いの必死さが活気になる。
最近売場にいるいろんな方から声がよく続くねえとから、売り方がうまいねえとかお声がけをいただく。売場の責任者の言い方も、最初女性のベテランスタッフさんに連れられて現場を見たときの下請け試食会社の女性たちに、上から目線のこれをこうして、ああしてというような押し付けは今の僕にはない。
たとえ下請け派遣でもよく売れるベテランらしいと感じていただいてるせいか、とても丁寧な言い方だし、例えばお頭付きの大鯛や金目鯛などは売り子などに断らずさっさと昼過ぎにはさばいて切り身にしてパックで並べていたのだが、それも僕にまだこれ置いといたほうがいいですかねとお尋ねがあったりする。それは店頭販売の僕がそういうお神輿、お飾り的な立派なお頭付きが置いてあったほうが雰囲気が出て売りやすいのではと気を使ってくれたせいだろうと思った。ありがたい配慮にもう少しそれとそれは置いていただけますかとお願い。頑張って売り込む。やっぱ鯛は目の下一尺のが美味しい。これがピッタリの鯛だよというセリフは切り身では言えない。モノがどーんとあってこそ。
売場の雰囲気や自分への扱いがだいぶ変わってきたように思える。皆が一人のベテラン売り子として見てくれているようだ。
昨日も天然ぶりの切り身5切れ500円でお買い上げいただいた奥さんが、大きな声でブリを皆さんに聞こえるように勧めていたらまた戻られた。美味しそうな声が聞こえたからもうひと皿もらおうと戻ってきたわよと売り子にはとても嬉しいお褒めの言葉。こういう関係を作るのが自分の得意。さんまもエビも選んでと言われれば、どういうのが美味しい良い型をお教えしながら、お客様と一緒に納得しながら一匹づつ選ぶ。お、これはいいですよね、背中がこんなに盛り上がってる、まだ青いキラキラのウロコも残ってます。あら、そうね、すごい大きい、ありがとう。さんま一匹とはいえ心を込めて大きい美味しいを選んでほしいというお客様が必ず思っている思いに全力で答える品選び。だんだん大きな立派なのが午後になくなってもその出ている中で最高のものを袋に入れて差し上げる。
外人さんにだって簡単な英語であじの三枚おろしなんかを売ってるのを聞いていて、後ろの調理場の方たちが英語もできるのかと驚く。簡単な言語でコミュニケーションはできる。でもきちんとした魚用語をこれから増やすいい機会だし、そういう実践の場所に勤めているのだから学ばない手はない。この店舗にはけっこう裕福な外国のご家族も訪れてくれる。