滋賀県の守山市教育委員会は8日、守山南中学校(同市古高町)の3年生(11クラス、381人)のクラス分けをやり直すと発表した。生徒指導上必要な配慮ができていない学級編成になっていたためという。この日は始業式が行われる予定だったが取りやめた。新学期が始まった段階で学級を再編成するのは異例。

 市教委によると、昨年度末から今月初めにかけ、3年生を受け持つ教員らを中心にクラス分けを検討。4月5日、入学式準備のために登校した3年生に、学級びらきでクラス分けの内容を伝えた。その際、生徒指導上の配慮ができていないことが発覚したという。

 学校は、3年生を臨時休校としたほか、保護者説明会を開いて経緯を説明した。生徒たちには9日に学年集会で説明し、新たなクラス分けは10日に周知するとしている。

 学校教育課は「学校側はクラス分けに配慮が必要なことは認識していたが、どういう経緯でこうした不手際が起きたのか、関係する教員などに聞き取りなどを行い、再発防止に努める」としている。

(上記ニュースサイト引用)

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うちは田舎で小中学校2クラスしかクラスがないところなんだけど

クラス替えで同性で一度もいっしょになった事ない奴がいる事に気づいてて、

クラス分けて子供から見てもなんか均一に分けられてる感じがあった。

双子の子がおったけど必ずクラスを分けられていたし。

 

中学2年くらいでいよいよ確信して中3やはり別々のクラスな訳だ。

 

この話は田舎で2クラスだったからこそ分かる話であり、2クラスでなかく4クラスや8クラスとかだったら

たまたまそうだったんだろうなって終わってしまう話しである。

2クラスという確実に切り離さなければならない状況だからこそ生まれる確実に理由がある何かなのである。

 

私は大人しい性格だったからある種大人から分かりやすい組分けの属性にいたと思う。

まずこいつらからと言う端っこの分類だ。

極悪や、頭が良い、頭が弱め、大人しい

こういう極端な奴らである。

 

つまり互換性のある人間と判断されていたわけだ。

しかも明らかなる互換性。

それは私に対して二人いた。

1人は支援学級にいる子(A君)で

もう1人(B君)は今思えば発達系と思われる人であった。(シンプソンズのメガネの子やスタンドバイミーの発達ぽい真面目なやつや海外ドラマ素晴らしい日々の友達の男の子みたいなやつだった。コンナカンジデ明らかな何かの子)

 

発達系の人は当時ネットもなかったがパソコンに興味ありプログラムに詳しかった。

でも次に詳しかったのはたぶん私だった。でも詳しさとかは雲泥の差で向こうが上だった。でも私は断トツ2位くらいであった。

 

でも、支援の子と私、発達系と私の組み合わせにならなかったということは。

私とどちらかを組み合わせるよりも私が一人のほうが配分として均等という判断があったわけであろう。

 

まあしかしながら、この子らが同性で互換性のあるはずのやつやという揺るがぬ判断であったわけである

 

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いや違うか、もう一人いた。

もう一人(C君)も劣等生側だったように思う。

性格は優しいんだけど周りにいびってくる奴(住まいの地域関係?)が寄ってくるような子だった。

 

 

だから私を入れて4人の劣等生がいた。

田舎の2クラスだけの学校で劣等生4人のうち3人(A君B君C君)はいつも同じクラスで私だけ別のクラスであったというわけだ。

A君B君C君はずっと小中同じクラスだったことになる。

私はそのA君B君C君と混ぜてはいけなかったということなんだろうか。

 

 

2クラスしかないなか小学校6年と中学校3年の計9年(9回)、

3人だけが私と一緒のクラスにならないという事は意地でも意図的に振り分けてないとそうはならないんじゃないかと思う。

 

 

その理由っていったい何だったんだろうか。

 

思い返してみるとA君とC君と私は幼稚園の時、幼稚園外でその子らの家に親が連れて行って遊びに行っていた。

この時点でなんか劣勢感が親同士にもわかっていたのかもしれない。

小学校になってからは付き合いも変わり一回も遊びに行ってない。

 

 

ABC3人 対 私1人

って選別は私が軸にされてたんだろうか??

 

どうしてもABC三人をいっしょにしないといけない理由があって、

一番ABCとの連結性の薄い私は別のクラスという事になってたんだろか?

 

私と一番の対比は、Aと私だったかもしれないとも思う

しかしながらAは支援学級にも所属してる子で断トツというわけで別枠扱いだったとして

Bと私が互換性あつかいだったんかなと思っていた。

 

ABCいづれかの人と同じクラスだったらたぶんグループや仲良くなってた気もするし

Aに至っては、Aの人生はちょっと変わっていたんじゃないかとすら思える

でも私は教育の世界でいうたら、その子らと同じ属仕方をしたらいけないとかそんなんだったんだろうか?

 

私との互換性はA君でもありB君でもありC君でもあったのだろう

いや、ABC君3人対私1人の対比って、対比バランスがさすがに3:1っておかしいよな

C君は似た部類ではあるが別枠でたまたますれ違っただけかもしれない。

私は、もしかして

ワースト

1位Aくん

2位私

3位Bくん

であったから、バランスをとるためにどうしてもAとBと同じにするわけにはいかなかったのかもしれない。

不動の1位AくんとBくんのはざま、はざまっていうか私は不動の2位だったってことなんではないかと!

クラスのパワーをカラーも含めて2等分に均等にすると考えると逆算してこうなるような。

 

 

女の人で同じクラスになったことが1回もない子は、サザエさんの花沢さんみたいな子(Dさん)がたぶん一緒になったことがなかった気がする。

 

7人に1人の割合に境界がいるとなってるようだけど

振り返れば確かにそのくらいいたような気もする

 

 

 

子供の時に同じ子供の目線だと分からんけど、

子供の同学年クラス時を今の私が見たらけっこう境界みたいな子も多かったんかもしれん。

 

中学校の時に昼休みいっしょにいたり高校では疎遠になったが高校も同じ高校に行った子(E君)は、

大人になって午前中にコンビニの店員に置換して逮捕されたようだった。

このE君も小学生の頃から少しおかしい?ようだった。

何らかの小学校の時なぜか放課後たびたび指導を受けてた時があった。

 

 

もちろん私も子供の時、子供の時から様子がおかしかったのである・・・・・!

(そうして境界大多数のウーバー配達員になったのであった!)

 

 

 

教員たちの目(教育界でのスクリーニング・選別・ふるい分け?)は間違っていなかったわけである______!!!!