映画「関心領域」 2024(令和6)年5月24日公開 ★★★★☆
原作本 「関心領域」マーティン・エイミス 早川書房
(ドイツ語: 字幕翻訳 松浦美奈)
子沢山のドイツ人の家族が川のほとりでピクニックし、水遊びを楽しんでいます。
自宅に戻ると、そこは手入れされた広い庭園のある豪邸。
花壇にはバラやダリア、ヒマワリなどが咲き誇り、
菜園にはキャベツやカボチャなどの野菜も実り、蜂蜜もとれ、
芝生の中央にはすべり台つきのプールもあり
庭師やメイドや運転手・・使用人も大勢いるセレブな一家のようです。
その日は父ルドルフの誕生日だったようで部下たちが整列し、
家族からはサプライズのプレゼントがあったり、パーティを開いたり楽しそう。
実は、この塀の向こうにあるのは、アウシュビッツ強制収容所。
この一家は、アウシュビッツの所長のルドルフ・ヘスとその妻ヘートヴィヒ、
それに5人の子どもたちなのでした。
塀の向こうからはときおり銃声や悲鳴、列車の走行音、
そして煙突からは白い煙がたちのぼっていますが
それ以上の説明はありません。
ルドルフは、家にいるときは積極的に子どもたちの相手をし
娘が眠りにつくまで絵本の読み聞かせをし
犬や馬にも愛情をそそぐ人物。
仕事での評価も高く、さらなる昇進が決まって
妻に転属になりそうだと告げますが、
妻のヘートヴィヒはへそを曲げ
「ここは私が夢見て作り上げた自分の家よ」
「こどもたちも良い環境でのびのび育っている」
「後任のリーベヘンシェルには別の家に住んでもらって!」
と、勝手なことを言いだしますが、
ルドルフは妻の言い分を聞いて、妻子が家に残る了解をもらい
自分だけオラニエンブルグに単身赴任するのです。
ラストは、らせん階段を下りていく途中、急に吐き気に襲われるルドルフの姿。
直後、現代のアウシュビッツ博物館に場面がかわり、
ユダヤ人の遺した靴の山などの展示物の窓を丹念に拭き上げる
掃除スタッフの黙々とした仕事ぶりが映ります。
(あらすじ ここまで)
「アウシュビッツ収容所のすぐとなりの平和で豊かな日常」
ということを聞いただけでの鑑賞です。
「彼らは塀の向こうのことを知らずに暮らしていた」
という可能性も、当初は考えていたのですが、
あるじのルドルフはここのトップだし、
妻も中で何が行われているかを、知らないわけはないです。
カメラはほぼ固定され、防犯カメラの編集映像みたい。
まるでドキュメンタリーをみているようです。
テロップは皆無で、説明的なセリフや映像もなく
自分が受け取ったことが果たして合っているのか、最後まで分からなかったもので、
あらすじも端折らざるをえなくなりました。
冒頭のピクニックシーンも、子どもが数人、大人もおなじくらいいたので
最初は、友だち家族が連れだって来たのかな?と思っていました。
同じ家に帰っていくので、大人たちは使用人なのかと思ったわけですが、
顔がわからないくらいの距離からなので、正直、これで正解なのかもわかりません。
屋敷のなかでも、妻がファーストネームで呼ぶ女性は何人もいるのですが
友だちのようにおしゃべりしているのはママ友なのか、使用人の上の方の人なのか?
一方でポーランド人らしきメイドには強く当たり散らします。
さらにその下にも、汚れ仕事をする囚人らしきユダヤ人たちもいます。
ユダヤ人からとりあげた毛皮のコートを着てみる妻。
このほかにも、袋から大量の服を出してきて
「好きなのを持って行っていいわ」
と、使用人たちに分け与えるシーンもありました。
「素敵な服をみつけて大喜びで着てみたら
小柄なユダヤ人のだから、やぶけちゃったのよ~(笑)」とか
「歯磨き粉のなかにダイヤモンドをみつけちゃった。ラッキー~!(笑)」とか
冗談のようにしゃべっているのが、ほんとに笑えない。
幼い弟がベッドにいる兄に
「なにをしてるの?」と聞くと
「歯をみてるんだよ」
当然自分の歯を鏡で見てると思いますが
そのあと、ちらっと映ったのは、誰かの歯(入れ歯?)でした。
父が子どもたちを連れて川にいき、釣りをしていると、
流れてきたものをみてギョッとして、子どもたちを川から引き揚げ
風呂場でゴシゴシ洗うシーンもありました。
あれは何が流れてきたのか?
普通だったらこれが伏線になって、あとでわかるのが映画的なんですけど
解答はなし。 (人間の体の一部とか?)
ルドルフは「良き父」「良き夫」としか思えないんですが、
おびえた様子のほっそりした若い女性を部屋に呼び
次の場面では洗面で股間を洗うルドルフが映り、これも説明なし。
一方的に性の処理をしているようにしか受け取れませんが。
そして一番気になるのが、
夜な夜な自転車でどこかにでかけて、何かを隠しているこの少女。
この部分だけ赤外線カメラのような映像です。
(誰かが引き取った)ポーランド人の少女が
「お砂糖を配るの」といっていたので、多分彼女が
ユダヤ人に届くようにこっそり隠していた??
この行為が伏線になってなにかが起こるわけでもないので、
結局何だったのでしょう?
(リンゴを盗んだと殺されるユダヤ人と関係あったのかも?)
この家には、ただひとり、外部からやってきた「お客」が登場します。
それは妻ヘートヴィヒの母親。
「この家も庭も私が設計したのよ」
と自慢げに案内する娘に
「楽園ね」と感嘆していた母でしたが
「この塀のむこうにはエステル(昔の知り合い)もいるのね」
と顔を曇らせます。
塀越しに見える炎や煙、叫び声などに我慢ができず、
ある日母は、突如姿を消してしまいます。
塀の向こうの映像はまったく映されませんが、
仕事中のルドルフ・ヘスのシーンはあります。
「いかに最小の時間と経費で大量の『荷』を処理するには
どの方法をとるべきか?」
ヘスのプレゼンは上司たちに評価されます。
たしかに効率的ではあるけど、『荷』は人間の命なのです!
去年見た、この映画のアイヒマンとルドルフ・ヘスが重なりました。
本作は、「音響賞」も受賞していますが、
これがまさかの「不快でとても耐えられない音」なんですよ。
冒頭もかなり長い時間、暗い無地の画面にずっとイヤな音がながれ
もう、初っ端から私たちの覚悟を試されている気がしました。
これは個人差あるでしょうが、私は途中何度か気分が悪くなって、
ラスト、ルドルフが吐きそうになったところでは、つられそうになってしまった。
消化の悪いものを食べた直後だったら、ほんとに危なかったかも。
うーん、ちょっと自分のメンタルが危ないので、
最後に気分を替えて、キャストのことを書きます。
ヘートヴィヒ役のザンドラ・ヒュラーは、
カンヌのパルムドール「落下の解剖学」と、グランプリの本作の主演で
既にドイツ系女優の第一人者となりましたが、
ルドルフ役のクリスティアン・フリーデルも
ドイツを代表する俳優です。
主演をつとめた映画もありますが、
私が最初に観たのは、多分ミヒャエル・ハネケの「白いリボン」
彼は物語の語り部となる教師役だったんですが、
このとなりにいるベビーシッターのエヴァ。
彼女は、なんと先週みたばかりの「ありふれた教室」のカーラを演じた
レオニー・ベネシュです。
初々しいカップル役だったふたりが15年たってこうなりました!
