映画 「落下の解剖学」 2024(令和6)年2月23日公開 ★★★★★

(フランス語・英語: 字幕翻訳 松崎広幸)

 

 

フレンチアルプスに建つ山荘の自宅で

売れっ子作家のサンドラ(ザンドラ・ヒュラー)がインタビューを受けています。

和やかな感じではじまったものの、

上の階からとんでもない大音量の音楽が。

「サミュエル(夫)が作業中なのね」

と、サンドラは気にもしていない様子ですが、

声を聞き取ることもできない音量で、インタビュアーは車で帰っていきます。

 

 

息子のダニエルは強度の弱視で、介助犬のスヌープを連れて散歩にでかけます。

(ダニエルは盲目と言われていますが、光は感じるし、うんと目をちかづければ、大きな文字は読めるようです)

家に帰るとまだ大音量の音楽は聞こえていましたが

スヌープが何かをみつけて吠え出します。

 

 

 

雪のなかに父のサミュエルが倒れ、大量出血していました。

母を呼び、サンドラはすぐに通報します。

 

サミュエルはすでに死亡していました。

事故・自殺・他殺、すべてを疑って捜査するも決め手がなく

「不審死」の扱い。

 

サンドラのところに元カレ?の弁護士ヴィンセントが到着します。

 

 

 

死因は頭の怪我なんですが、落下場所と傷跡が一致せず

状況から事故の可能性は低く、

第三者が忍び込んで殺したとも考えられず、

家にいたサンドラの立場は非常に悪く

ヴィンセントの顔が曇ります。

 

サンドラによれば、

 

①インタビュアーが帰ったあと、

耳栓をしてすこし仕事して、眠ってしまい、

ダニエルに呼ばれるまで気づかなかった。

 

②サンドラの腕にアザがあるのを当日指摘されたが

キッチンの角でぶつけた、と答えた。

 

ところが、

①転落後も大音量の音楽は響いており

「眠った」というのも「ダニエルの声で起きた」というのも不自然。

②アザは前日ケンカしたときについたものだったことを

あとで認めたのもかなり不利です。

 

また、ダニエルが散歩に行く前に両親が話すのが聞こえ

「ケンカではなく普通の会話だった」と証言したのですが、

大音量のなかで普通の会話が聞こえないことが実験でわかり、

「母親をかばうための嘘」と思われてしまい、かなり心証悪いです。

 

さらに、前日の激しいケンカの音声をサミュエルは録音しており、

検察はその音源も入手して、サンドラは夫殺しの罪で起訴されることになります。

                   (あらすじ とりあえずここまで)


 

 

一応「犯罪ミステリー」みたいなていをしていますが、

日本の殺人事件捜査とか裁判だと思って観ていたら

もうつっこみどころ多すぎてイヤになると思います。

 

事件直後に警察が来て、外界と遮断された「密室」的環境で、

証拠隠滅も難しいのだから、きちんと科学捜査できれば

「真実はひとつ!」じゃないの??

って思ったら、最後までいらいらすると思います。

(なので、テレビの2時間ドラマとかのスタンスで観ないでね!)

 

それから、冒頭の映像のなかに伏線があるわけでもなく、

けっこう大事な情報が「後出し」でぽろぽろ出てくるのも

卑怯っちゃあ卑怯です(笑)

 

その「後出し情報」をまとめて書いておくと・・・

 

① サンドラはバイセクシャルで、今まで女性とも関係があったので

サミュエルはインタビュアーの女子学生との仲を疑って、

大音量の音楽で嫌がらせをしたらしい。

 

② ダニエルは4歳の時の事故で視力を失ったが

その原因はサミュエルにあった(保育園のお迎えを忘れた)

 

③ 妻のサンドラはドイツ人、夫のサミュエルはフランス人。

知り合ったのはロンドンで、夫は教師をしながら作家を夢見ていたが、

先に作家として成功したのは妻の方だった。

 

④ 夫の希望でフランスの山奥に住みながらダニエルを育てることにして

お互いの母語は使わずに英語で会話することに決めた。

 

⑤ 夫は収入を補填するために、屋根裏部屋を改装して民宿にしようとしていたが

これもなかなかうまくいかず。

 

検察側の証拠として、夫がUSBに保存した前日のけんかの音声が裁判所に流されます。

つづきです(ネタバレ

 

(この部分は音声だけでなく、再現ドラマとして流れます)

夫は、妻が何度か浮気をしたことを責め、

自分が温めていたアイディアを盗んでベストセラーを書いたこと、

妻が売れて自分が小説を書く時間が無くなった、

すべてお前に奪われた、と非難します。

 

一方妻の方は、

私はあなたの国で毎日生活している。

事故のあとセックスを拒んだのはあなた。

あなたは被害者じゃない。

臆病なくせにプライドばかりが高いだけ。

なんでも人のせいにしないで!

 

(ここからは音声のみ)

   ↓

そして、

「お前はモンスターだ!」という夫の言葉に逆上した妻が

何かを投げつけて割れるような音。

体のどこかをたたくような音や叫び声がして音声はおわります。

 

 

ケンカの音声ファイルは状況証拠にはなるかもしれないけど、

このハゲの判事は、サンドラの著作の一部を切り取って

事件と関連付けたり、やってることがワイドショー並み。

 

 

落下実験も、検察側弁護側でまったく結果が異なります。

ただ、1.2mの手すりを越えて大柄な夫を落とすのは

華奢な妻には無理ではないか、というのが弁護側の主張。

 

弁護側は、夫が半年前にアスピリンを過剰摂取したことがあったこと、

そして、少し前に抗うつ剤をやめたことで、発作的に自殺したのでは?

という主張をします。

 

 

父親が死亡し、母親がその容疑者となっている裁判を

ダニエルが傍聴するのはあまりに過酷だと告げられるのですが、

「ぼくは知りたい」

「傍聴しなくてもSNSで内容は知ることになる」

と、ダニエルは最後まで傍聴することを決めます。

 

アスピリンの過剰摂取については証拠がなく、

これが証明できれば父親の自殺が認められると思ったダニエルは

恐ろしい実験をすることにします。 (あらすじ ここまで)

 

 

 

検察側の主張は

「妻が夫の頭に何かを振り下ろして致命傷を負わせて突き落とした」

というんですけど、

凶器を隠ぺいすることもできない状況なのに、どこからも発見できていません。

前の日のけんかの録音だけで起訴しちゃうのもすごいけど、

他人からしたら、ベストセラー作家の妻が殺してた方が圧倒的に面白い!

(少なくともワイドショーとか見てる人にとっては)

 

 

サングラスかけて、カメラを遮るような仕草がテレビに映ったら

「こいつが殺したのか~!」と 思っちゃいますよね(笑)

 

ただ、「やったかやらないか以上に、まわりにどう見えるかが重要

と、弁護士のヴィンセントも言っていたし、

真実はどうであれ、どちらかに決めないと前にすすめない

というようなセリフもありました。

 

 

ダニエルが母から有利な証言を強要されないように

法廷監視員のマルジュが常に付き添うのですが、

彼女のことば↑が、ダニエルを突き動かしたのかもしれません。

 

ダニエルは愛犬のスヌープにアスピリンを過剰摂取させて

以前同じことがあったことを確かめる

という恐ろしい実験をして、父親の自殺願望を確信し、

「いつかはいなくなることを覚悟しろ」

と父からいわれたことを、陪審員の前で証言します。

 

 

これが決め手となったかどうかはわかりませんが

サンドラには無罪判決が出て、裁判は終わります。

 

ただ、「サンドラの無実が証明されてめでたし、めでたし」

とは言ってないところがすごい!

 

2時間以上もやもやさせられた挙句、

「結果」は出たけど、真実は闇のなか、という・・・・

 

ハリウッド映画では絶対にできないやつです!

 

勝訴した夜、家に帰ったらもう眠ってしまっていたダニエル。

マルジュが帰ったあと、11歳の息子の体を軽々と抱いて

2階への階段をあがるサンドラをみて、

えっ? と思ってしまいました。(華奢なのに怪力じゃん!)

 

 

 

これもフランスの裁判の映画でしたが、

完全に冤罪なのに妻殺しとされた夫の無罪を勝ち取る実話です。

陪審員制度が定着した国では、真実よりも「どう見えるか」のほうが優先されるのか?

これはちょっと怖いですね~

 

事実、無罪判決はでたものの、

最後までみても「真実」はつかめませんでした。

サミュエルが「文句しか言わない無能男」だということは間違いないですが、

だからと言って「殺していい」わけでもないしね。

 

もしもう一度観る機会があったら、

法廷監視員のマルジュの目線でみたら、真実に近づけたかも。

もし彼女が証言を求められたら、どう答えるのかな?

とか思ってしまいました。

 

とにかく結論がでない作品です。

2時間以上引っ張った挙句に

最後は「お家で考えてね」みたいな・・・・

こういうのが好きな人にはたまらないですが、一般的にはどうなんだろ?

 

 

アカデミー賞、2年連続で、あんなのが作品賞とっているので、

こういう作品が評価される場所になってほしいな!

と強く思いました。

 

「国際長編映画賞」は確定!といいたいところですが、

なぜかフランス代表を選ぶときに「ポトフ」に負けてしまったんですよね。

けっこう英語のパートが多かったので

「外国語映画賞」だったら問題あったかもですが、

複数の言語が入り乱れるのはむしろふさわしいような気がしたんですけど・・・・

 

ザンドラ・ヒュラーの母語であるドイツ語もちょっと出てきました。

 

それにしても、あまり得意でないフランス語で裁判に臨まなければいけないのって

酷くないですか?

ダニエルに監視員をつけるのなら、サンドラにも通訳をつけてあげればいいのにね。

 

「ドイツ語や英語を使うと、陪審員の心証を害する」というのなら

それこそ差別のような気がしました。